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忌火屋殿


少々時間があったので境内で今までに行ったことがない場所へ。
御正宮や別宮の参拝を終え、神楽殿手前の道を左折し北御門方向へ歩いて行くと柵の向こうに神殿とは違う様相の小屋が見えます。

今から約1500年前、外宮の御祭神、豊受大御神は天照大御神が「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神を近くに呼び寄せるように」と雄略天皇は夢の中に現われ神託したので、内宮に近い現在の地に迎えて祀られました。

こちらの忌火屋殿では、前夜から参籠潔斎した神職によって火鑽具(ひきりぐ)で古代さながらに鑽りだされた清らかな火(忌火)をおこし、上御井神社の井戸で自分の影が水に映らないようにして組み上げた水を使い、米を蒸したり、餅を搗いたり、野菜や果物などを調理し、神饌を作っています。

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神饌を毎日神々にお供えする日別朝夕大御饌祭は、1500年前から1日も欠かさず続けられています。

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[ 2013年11月03日 22:37 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)

多賀宮


それでは境内の別宮へ。100段近い石段の上にあるのが多賀宮。
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別宮の遷宮はまだまだ来年へと続きますが、別宮の中でも高い地位にある豊受大御神荒御魂を御祭神とする多賀宮と、内宮の別宮で天照大御神荒御魂を御祭神とする荒祭宮は、正宮で遷御の儀が行われて1週間程度後には遷御の儀が行われました。
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多賀宮の鎮座する丘のふもとに鎮座する別宮、土宮と風宮の遷宮はまだこれからです。
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20年後は石段を登り切れるかなあ。無理ならふもとの遥拝所から参拝するかな(笑)。

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[ 2013年11月02日 06:22 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)

外宮のご正宮


それでは鳥居をくぐり、新しい御正宮へ。
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新しい御正宮は旧正宮の奥。新旧の鳥居が並んでいます。
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こんなに萱が隙間なく葺かれた屋根、初めて見たかも。
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檜の壁に触れてみると、表面がツルツルでいい肌触り。
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新しい檜の鳥居が日差しで輝いていました。
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こちらは旧正宮。
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屋根はすっかり苔生し、20年間の時の流れを感じます。しかし20年後、再びこの場所で、今日と同じ感動と衝撃を受けられるのですね。
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[ 2013年10月31日 18:53 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)

伊勢神宮 内宮

皇大神宮  (JR参宮線・近鉄 伊勢市駅、近鉄 宇治山田、五十鈴川駅より三重交通バス内宮前バス停下車)

では皇室の御祖神、日本の総氏神様、 天照大御神を主祭神とする内宮です。皆さんのお住まいの近所の神社の社務所でも、そこの神社の御札と一緒に「天照皇大神宮」の御札も売られていますよね。それがこの伊勢神宮の内宮にあたる皇大神宮の御札にあたります。

もともと天照大御神は宮中に祀られていましたが、倭姫命が御杖代となり新たにお祀りする土地を求めて大和の国から伊賀、近江、美濃の諸国を巡り、伊勢国に辿り着いた時「この国に留まりたい」という天照大御神の神託があり、垂仁天皇26年(紀元前4年)にこの地にお祀りしたのが皇大神宮のはじまりです。

内宮への入口、日常から神聖な世界への架け橋となる五十鈴川に架かる宇治橋は、後述しますが式年遷宮の4年前に20年に一度架け替えられます。私が参拝した時は架け替え工事の最終段階で、まだ白いシートがかかっていました。
 

渡り板は616枚の檜、橋桁は39本の欅で造られ、渡り初め式は明日11月3日に行なわれるそうです。
 

仮橋を渡り宮域内へ。内宮の宮域の面積は5500ヘクタール。特に写真の奥の社殿などがある神域93ヘクタールの地域は、御鎮座以来まったく斧を入れていない禁伐林だそうです。
 

内宮参道の右手の石畳を敷き詰めた五十鈴川岸の御手洗場は、元禄5年(1692)に徳川綱吉の生母 桂昌院が寄進したものといわれています。
 

参道の突き当たり、左手の石段を上ったところに鎮座するのが皇大神宮の正殿です。こちらもカメラは石段下までです。
 

皇大神宮の別宮は域内に荒祭宮、風日祈宮の2所。域外に8所あります。今回は荒祭宮の写真のみですが、こちらの御祭神は天照皇大御神の荒御魂。
 

伊勢神宮では20年に1度、御正殿を始め御垣内の建物などを新造し、さらに殿内の御装束や神宝を新調して、神儀を新しく建てた正宮へ遷す式年遷宮が行なわれます。そのため社殿の横に同じ区画の空き地(古殿地)があり、20年ごとに交互に社殿が建てられます。写真は古殿地の垣の穴から撮ることが出来た、心御柱(しんおみはしら)の覆屋。
 

次の伊勢神宮の第62回式年遷宮は平成25年です。

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[ 2009年11月02日 08:10 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(1) | CM(0)

わけみや

内宮、外宮とも天照大御神、豊受大御神をお祀りする正宮のほか、宮域内外に正宮に次ぎ尊いとされる別宮(わけみや)があります。外宮には宮域内に3つ、宮域外に1つの別宮がありますが、今回は宮域内の3つの別宮のお話を。正宮と違い、垣もなく、より神様のもとに近づけます。

多賀宮  〈御祭神〉豊受大御神荒御魂
正宮参拝後、前の池の橋を渡たった奥、98段の石段を上った所にあります。豊受大神宮の別宮の中でもこの多賀宮だけは他の別宮が後年に別宮に列せられたのと違い、豊受大神宮が創立されたのと同時に奉斎されました。

荒御魂(あらみたま)というのは神道の概念で、神様は祟りを起こしてしまうような荒魂(あらたま)と、御加護を与えてくれるような和魂(にきたま)のふたつの相反する霊魂を持つといわれています。
そのため人々は荒魂を和魂に変えたり、鎮めるために、供物を捧げたり儀式やお祭を行ってきました。伊勢神宮では別宮を設け、御祭神の荒御魂をお祀りしています。

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土宮  〈御祭神〉大土乃御祖神
多賀宮に向かう石段の入口に社殿があります。御祭神の大土乃御祖神はもともと外宮のある地域の守護神として崇敬されてきました。

jかつては摂社以下扱いの神社でしたが、外宮の西に流れる宮川の度重なる氾濫に悩まされた外宮禰宜が大治3年(1128)に宮川治水、堤防の守護神として別宮に加列されるよう朝廷に申請し認められ、別宮に一気に昇格されました。


風宮  〈御祭神〉級長津彦命、級長戸辺命
御祭神の級長津彦命・級長戸辺命は、本来は農耕に適した風雨をもたらす神で、多賀宮へと続く参道沿いの杉の木の根元に鎮座していた小さな社だったそうです。

それが内宮域内の別宮 風日祈宮と同様、鎌倉時代におきた元冦に際して蒙古軍を全滅させたいわゆる神風の御霊験に応えるべく、正応6年(1293)に一躍、別宮に加列されました。以降は日本の国難に際して日本を救う祈願の対象となりました。

このほか、宮域外、伊勢市駅近くにもう一つ別宮月夜見宮(〈御祭神〉月夜見尊、月夜見尊荒御魂)があります。

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[ 2009年11月01日 06:53 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)
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