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東福寺 その2

東福寺といえば紅葉が有名ですが、訪れた時はピークを過ぎていたものの地面は真っ赤な絨毯を敷いたかのようでした。

東福寺境内を流れる三ノ橋川の渓谷の周囲は、京都でも有数の紅葉の名所で、宋から伝わった葉先が3つに分れている三葉楓が多く植わっています。

渓谷に架かる通天橋は天授6年(1380)に臨済宗の禅僧 春屋妙葩が谷を渡る僧の労苦を救うため架けたそうです。昭和34年(1959)台風で崩壊しましたが2年後に再建、その際に橋脚部分は鉄筋コンクリートとなりました。





もとは桜の木が植わっていたそうですが、「後世に遊興の場になる」という理由で伐採され、楓の木が植えられています。お見通しですね嬉しい顔

東福寺 (HP) Tohukuji Temple
京都市東山区本町15-778   JR奈良線、京阪本線東福寺駅徒歩10分

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[ 2010年01月07日 07:27 ] カテゴリ:百寺社巡礼~関西 | TB(0) | CM(0)

東福寺 その1

慧日山 東福寺 (JR奈良線、京阪本線東福寺駅徒歩10分)   

嘉禎2年(1236)、摂政 九條道家はこの地に高さ約15mの釈迦像を安置する大寺院を建立することを発願し、19年の歳月をかけて大伽藍を完成させました。寺名の東福寺とは、奈良の東大寺、興福寺から1字ずつ取って名づけたそうです。

幾多の戦災により境内の多くの伽藍は焼失してきましたが、その時々で再建され現在も臨済宗東福寺派の大本山および京都五山の第四位として京都有数の大伽藍が整っています。

明治23年(1890)に再建された方丈の周囲には、作庭家 重森三玲によって昭和14年(1939)に完成した庭園が配されています。

方丈正面の南庭。仙人の住む四仙島、砂紋は「八海」、築山は「五山」を表現しています。

東庭の円柱の石は北斗七星を見立てています。

北庭は苔と敷石による市松模様と背後の紅葉との調和が見事でした。

広大な境内の北側の小高い丘にある常楽庵 にある伝衣閣は、金閣、銀閣、西本願寺飛雲閣、大徳寺呑湖閣とともに「京の五閣」と称されています。

伝衣閣前にある池泉鑑賞式庭園は、西側に市松の砂紋をつけ、鶴島、亀島を象った石組を配した蓬莢山水、東側は池庭は築山風で苔の絨毯、枯滝を設けており、禅院式と武家書院式とを調和させた江戸中期の名園です


次回は紅葉で有名な通天橋を中心とした紅葉の様子を。

東福寺 (HP)  Tohukuji Temple
京都市東山区本町15-778   JR奈良線、京阪本線東福寺駅徒歩10分

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[ 2010年01月06日 07:31 ] カテゴリ:百寺社巡礼~関西 | TB(0) | CM(0)

平等院

再び、京都特集。12月頭に訪れたのに1ヶ月近くたってしまいました(汗)。

朝日山 平等院(JR奈良線宇治駅、京阪宇治線宇治駅徒歩10分)   

京都めぐり、まずは京都市街地の南、宇治の街へ。宇治は、いつも京都を訪れてもちょっと場所が離れているので行かずに終わってました。が、やっと実現できました。浄土式庭園の阿字池の対岸から見る、中島に東向きに建つ鳳凰堂のお姿は西方にある極楽を表しています。

平等院は関白の藤原道長が左大臣源重信の婦人から譲り受けた別荘を道長の子頼通が、永承7年(1052)にこれを仏寺に改めたのがはじまり。宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっています。
鳳凰堂は創建の翌年、天喜元年(1053)に落慶し。他の堂塔が戦火や災害で失われた中、奇跡的に現存し、堂内には像高284cmの御本尊阿弥陀如来坐像が安置されています。

鳳凰堂の名の元となったのは屋根のうえにある1対の高さは2.3メートルの銅製の鳳凰。現在、堂の上にあるのはレプリカで、ホンモノは境内にある国宝などの文化財収蔵施設「平等院ミュージアム鳳翔館」で見ることが出来ます。見た目より大きいです。
 

境内はまだまだ紅葉が残っていました。
 

まさに極楽浄土。

世界遺産 平等院 (HP) Byodo-in
京都府宇治市宇治蓮華116   JR奈良線宇治駅・京阪宇治線宇治駅よりそれぞれ徒歩10分
 

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[ 2010年01月02日 07:45 ] カテゴリ:百寺社巡礼~関西 | TB(1) | CM(2)

生田神社

生田神社 
〈御祭神〉稚日女尊
神戸市中央区、三宮の繁華街にあります。平成19年(2007)に某有名女優とお笑いタレントの結婚式が行なわれたことで、かなり有名になりました。

御祭神の稚日女尊は、天照皇大神の御幼名と伝えられ、神功皇后元年(201)に、神功皇后が三韓外征の帰途、神戸港にて船が進まなくなったため、神占を行ったところ稚日女尊が現れられ生田の地に祀らせてほしいと神託があったと日本書紀に記され、これが生田神社の起源です。
 

当初は、六甲山脈麓の新神戸駅裏の布引山に鎮座しましたが、延暦18年(799)の大洪水により山が崩壊するおそれがあったため、村人が御神体を、現在地に移転したといわれています。

生田神社の社領は神戸市中央区一帯であったといわれ、御鎮座の際に朝廷より神地神戸(カンベ:神社にお供えする米や酒等を作る所)を賜ったと古書に記されており、これが神戸(コウベ)の地名の由来になっています。
 

御朱印帳には縁結びの神と記されていますが、御利益は縁を結ぶことであって、夫婦円満は別ということなんでしょうか。。。

生田神社(HP)  兵庫県神戸市中央区下山手通1-2-1 
JR神戸線、阪急神戸線、阪神本線、地下鉄西神・山手線三宮駅下車徒歩3~5分

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[ 2009年12月16日 07:30 ] カテゴリ:百寺社巡礼~関西 | TB(0) | CM(2)

法善寺 水掛不動

天龍山 法善寺(近鉄難波線大阪難波駅東側、大阪市営地下鉄難波駅北側の出口から徒歩5分)

石畳の路地に小料理屋やバーなどがひしめきあっている法善寺横丁。その名前にもなっている法善寺は大阪市中央区、道頓堀商店街のづぼらや道頓堀店の前の小道を入ったところにあります。(いつもどの道を入っていいか迷ってしまいます(笑)。)

開山は山城国宇治郡北山村でしたが、寛永14年(1637)現在地に移転しましたが、昭和20年の空襲で六堂伽藍が焼失し、不動尊像だけが残り、現在はその不動尊と小さなお堂があります。

御本尊は阿弥陀如来ですが、有名なのはこの水掛不動尊。ある女の人が拝んでいた時に、お不動様に縋る思いで水を掛けて以来、 水を掛けるようになったそうです。いつも水をあびているので苔だらけです。

ちょっと写真では見難いですが赤いよだれかけを付けている前の二人の童子の像を男女にみたてて、縁結びが叶うともいわれています。
法善寺(HP) 

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[ 2009年07月28日 07:52 ] カテゴリ:百寺社巡礼~関西 | TB(0) | CM(0)
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