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America's Cup challenge from 蒲郡

日本ではまだまだ知名度の低いスポーツ競技なので、ちょっと長めの説明を。。。
アメリカスカップとは1851年イギリス万国博の開催記念行事より行われたワイト島1周レースに端を発しています。優勝したのはアメリカからただ1艇参加したアメリカ号で、ビクトリア女王は銀製の水差し状のカップを下賜されました。このため、カップはアメリカ号のカップ、即ち「アメリカスカップ」と呼ばれることとなり、優勝杯として継続使用されている世界最古のスポーツトロフィーでもあります。
その後アメリカ号のオーナー達は、「カップの保持者は、いかなる国の挑戦も受けねばならない」ということを記した贈与証書と共にカップをニューヨーク・ヨットクラブへ寄贈しました。これに基づき1870年に第1回アメリカスカップが開催され現在に至っています。
海のF1とも呼ばれるこのヨットレースには莫大な資金や高度な技術を要し、挑戦者およびカップ保持者は巨大なシンジケートを組織し、資金の獲得・艇体の開発からセーリング・チームの育成まで、あらゆる業務を一貫して行います。試合はカップ保持者の防衛艇と挑戦艇との一騎打ちで行われ、そのための挑戦艇決定シリーズがアメリカスカップの前に行われます。
そこで日本でもアメリカスカップに挑戦するためのシンジケートが組まれ、この蒲郡にベース基地が昭和63年(1988)に置かれ、平成4年(1992)、平成7年(1995)、平成12年(2000)に開催された挑戦艇決定シリーズに挑み、アメリカスカップ優勝を目指しました。
日本のハイテク技術を結集して挑んだものの、健闘むなしくいずれも挑戦艇決定シリーズで敗れ、平成13年にベース基地も撤去されました。

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そのため蒲郡では初めてアメリカスカップに挑戦するために建造された3艇のヨットが各所に展示されています。
まずは蒲郡駅南口駅前広場に設置かれているJPN-3(平成2年建造)。

長さ23.2m、幅5.5m、重さ25トンの艇が洋上を滑走するイメージを表現するが如く、傾斜させて設置してあり、躍動感が伝わってきます。

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これが蒲郡駅南口から海に向かって数分歩いた所にあるベースキャンプ跡地です。

ベースキャンプ跡地にはJPN-6(平成2年建造)が置かれたままです。特に手入れされていないので他所の艇より傷みが目立ちました。

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こちらは後日紹介する蒲郡にある複合海洋リゾート施設「ラグーナ蒲郡」に展示されているJPN-26(平成4年建造)。

上部からのアングルです。この上に16名のクルーが乗り込み、操船します。

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私がアメリカズカップを知ったのは平成7年(1995)の1月1日、所用で蒲郡に向かうため新幹線で読んでいたスポーツ新聞の特集記事を偶然にも読んでいた時でした。その時蒲郡駅に降り、まだベース基地があった時に柵の外から撮影した写真がコレです。もし日本艇が優勝したら次開催は蒲郡ピカピカ!?なんて夢を抱いていましたが、さすが欧米の実力には敵いませんでした。

今では建物も撤去され寂しい感じになっていますが、いつか再び蒲郡から挑戦してもらいたいものです。

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[ 2009年09月21日 08:04 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)
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