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覚園寺

鷲峰山真言院覚園寺 (京急バス鎌20系統大塔宮バス停下車徒歩10分)

鎌倉市二階堂、鎌倉宮前から左に徒歩10分、谷戸の奥にある真言宗泉涌寺派のお寺です。中学生の時の自由研究で訪れて以来。

お寺の山門前の庭と、愛染明王坐像、不動明王坐像、阿閦如来坐像などを安置する愛染堂前は自由に拝観できます。

鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」などによると、2代執権 北条義時が建立した大倉薬師堂が覚園寺の起源とされています。その後9代執権 北条貞時が開基、智海心慧の開山により正式の寺院となりました。

建保6年(1218)、北条義時が将軍 源実朝の鶴岡八幡宮参拝に付き従った後、屋敷に戻って寝ていたら夢の中に薬師十二神将の戌神が現れ、戌神は「今年は無事だったが来年の将軍の参拝のときには供奉するな」と忠告。驚いた義時は薬師十二神将に守ってもらおうと大倉薬師堂を建てました。
ました。
 

翌年の建保7年(1219)、鶴岡八幡宮で源実朝の右大臣拝賀の式典があった際、北条義時も御剣を持って従いましたが白い犬が目の前に現れ、そのとたんに気分が悪くなってしまいました。
そこで源仲章に御剣役を代わってもらったところ、源仲章は源実朝とともに公暁に斬り殺されてしまったわけですが、北条義時はこれは戌神が助けてくれたのかと思ったそうです。

実朝暗殺事件の事後処理を終えて、北条義時はお礼のため大倉薬師堂に詣でたところ、事件のあった頃に十二神将の中の戌神だけが、何故か堂の中にいなかったと聞きました。戌神は白い犬に姿を変えて義時の前に現れ、災いから護ってくれたのでした。という伝説が残っています。
 

義時の建てた薬師堂はその後火事で焼失されましたが、文和3年(1354)に足利尊氏によって再建されました。

本堂(薬師堂)はこの道の奥。この先の拝観は、拝観料を支払い、お寺指定の時間にお寺の人の案内のもとできます。更に境内の様子も含め写真撮影は一切NG
本尊の薬師三尊像のほか、十二神将像などの仏像を祀り、天井の梁には尊氏自筆の銘が残っている本堂、十三仏信仰に基づく石仏が祀られている十三仏やぐら、夏には縁日もある黒地蔵を祀る地蔵堂、宝永3年(1706)築で鎌倉市手広から移築された藁葺の名手の宅。紅葉も寺の入口以上に見事で、樹齢650年以上の鎌倉最大の槇の木等自然も見どころいっぱい。観光客の入場を制限する代わりに静寂な様子を保ち、鎌倉時代の風情を残しています。
 

境内の様子の説明のために、だらだらと長~い文章を書いてしまいましたが、本当に写真でお見せできないのが残念。

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印)     

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[ 2012年12月15日 09:40 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)
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