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日光東照宮8 奥宮

日光東照宮、最後は御祭神(徳川家康公)の墓所のある奥宮へ。

奥宮への入り口を護るのは眠り猫。眠ったふりなのか眠っているのかは定かではありません。
 
 

眠り猫の裏にはスズメが。
 

杉の大木に覆われた中、奥の院へ続く石段です。霜柱で浮き上がってこないように重く大きな1枚石が使われています。
 

御本社の屋根が見えます。
 
 

徳川家康が静岡で死去したのは元和2年(1616)。本人の遺言により久能山へ葬られ、1年後の元和3年に日光へ改葬されました。

朝廷から東照大権現の神号と正一位の位階の追贈を受け、陽明門や御本殿の背後の山にあるこの奥院廟塔に眠っています。
このとき祀り方については家康の側近でもあった天海上人が主張した山王一実神道が採用され、薬師如来を本地仏とする神仏習合により祀られることになったそうです。

次回は輪王寺です。
Nikko Toshogu
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[ 2010年03月30日 07:33 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮7 日本一パワーの強い場所

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の日光東照宮の 日光東照宮と陰陽道 という項には次の様に書かれています。

日光東照宮は、陰陽道に強い影響を受け、本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居を中心に結んだ上空に北極星が来るように造られているという。

また、その線を真南に行けば江戸へ着くとされ、さらに主要な建物を線で結ぶと北斗七星の配置と寸分違わぬよう設計されているという。

そのため陽明門前の写真店屋のある辺りが日本一運気の強い場所と言われている。

そうするとこの写真屋のおじさんはこの日本最強のパワースポットでかなりのパワーをもらっていますね(笑)。

Nikko Toshogu Yomeimon
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[ 2010年03月29日 07:31 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

日光東照宮6 陽明門をくぐると

左にあるのが神輿舎。春と秋に行なわれる渡御祭で使われる、三基の神輿(みこし)が納められています。
 
 

右には結婚式や初宮などの祈祷が行われる祈祷殿と、春の大祭ではここで御神楽が舞われる神楽殿。
 
 

そして陽明門をくぐった正面が御本社。その前の門が唐門です。御本社は拝殿・石の間・本殿で構成される権現造。かつては大明神造と言われる社殿の洋式ですが、東照宮で採用されたことから東照証大権現にちなみ権現造と呼ばれるようになりました。
 

陽明門に比べて御本社の正門である唐門はちょっと小振りですが、正面の上部にある1本のケヤキに4列27人の人物が彫られている「舜帝朝見の儀」の彫刻など細かい彫刻があります。
 
 
 

Nikko Toshogu Yomeimon
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[ 2010年03月28日 09:06 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮5 陽明門

やっと陽明門です。名称は、宮中にある十二門のうちの東側の正門が陽明門といい、その名を頂いたと伝えられています。「東照大権現」の額は後水尾天皇の筆による勅額です。高さ11.1メートル、正面の長さが7メートル、奥行きが4.4メートル。

門に飾られている彫刻は508体。霊獣、人などひとつひとつ表情が違います。
 
  
 
 

これが随身像の桔梗紋。これが明智光秀の家紋だから色々な説がささやかれているそうですが。
 

別名通り、彫刻を丹念に見ていると日が暮れてきそうです。
Nikko Toshogu Yomeimon
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[ 2010年03月27日 10:03 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮4 陽明門の前

別にアートや歴史に重きを置いているブログではありませんが、まだまだ東照宮でひっぱります(笑)。次は青銅の鳥居をくぐって石段を上った陽明門前に位置するところの建物などです。

まずは陽明門前に左右対称に建つ鼓楼(西側)は太鼓、鐘楼(東側)は釣鐘を納める建物です。
   

オランダから贈られた回転燈籠。よく調べなかったのか三葉葵の紋が逆さまについています。外国からの贈り物なので徳川家も文句を言いつらかったのかな。

陽明門から左右に延びる回廊のなかでも、外にに面した外壁にはバラや孔雀、竹、梅、などの彫刻があり、その下の横柱にはオランダ製の燭台が取り付けられています。

鼓楼の後にある建物は、本尊が薬師瑠璃光如来(薬師如来)であり、また乱世を鎮めた徳川家康が薬師如来の生まれ変わりと考えられたので、本来の仏(本地)を祀ったことから「本地堂」と呼ばれています。内陣天井に描かれているのが有名な鳴竜です。

本地堂と昨日ご紹介した輪蔵は仏教的意味合いが深いためか、東照宮と輪王寺でその帰属について裁判になっています。

Nikko Toshogu
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[ 2010年03月26日 00:03 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮3 サルとゾウ

表門をくぐった広場にある建物は。。。

正面に建つのは上神庫・中神庫・下神庫の三神庫。中には春と秋に行なわれる「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束類が収められています。
どの建物もきらびやかですが、上神庫の屋根下彫刻は狩野探幽下絵による「想像の象」が施されています。
    

.
西側奥にある御水舎と輪蔵です。
  

輪蔵には、八角形の回転式の書架があり、一切経1456部、6325巻が納められていました。
  

御水舎は、水にちなんで波や竜の彫刻に極彩色が塗られています。
  

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極彩色の建物の中に唯一の白木造りの建物が神厩。いわゆる馬小屋なので漆とかは使用していないのでしょう。この建物の北側と西側に馬の守り神であるという信仰から猿の彫刻が彫り込まれています。有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」も含めて人間の一生が風刺されている計8面の猿の彫刻を今さらですが、ひとつずつ。
   

母猿は子猿の幸せな未来を願う。

有名な三猿です。子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、素直なままに育ちなさい。

少年期になり、そろそろ一人立ち。

青雲の志を抱く青年期の様子。

人生の岐路に立たされたのでしょう。

右側の猿は恋をして何もする気力が生まれない状況。

新婚の猿。第二の人生を手をとりあって荒波を乗り越えていきましょう。

妊娠し、子供が産まれれば、また最初の彫刻に戻り、人生がくり返されていきます。

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いずれの建物も寛永12年(1635)築です。
Nikko Toshogu
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[ 2010年03月25日 07:09 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮2 御仮殿

表門前の広場を五重塔とは向かい側の右手奥に御仮殿という建物が、杉の大木に護られるようにひっそりと建っています。

御仮殿とは本社を修理する際に、臨時に御神体をお移ししてお祀りするための御殿です。本社同様、本殿・相の間・拝殿を連ねた権現造の様式で、現社殿は寛永16年(1639)に建造されたものです。

過去に、御神霊がこの御仮殿に遷されたこと(外遷宮)は19回あるそうですが、文久3年(1863)以降は実施されていません。

普段だと見過ごしてしまいそうです。
Nikko Toshogu
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[ 2010年03月24日 07:23 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

日光東照宮1 表参道~表門

日光東照宮 Nikko Toshogu
〈御祭神〉東照大権現(徳川家康公)

遠足や家族、友人と観光に訪れる機会もしばしばある日光東照宮ですが、たまに一人で建物の彫刻や彩色を時間をかけて一つずつじっくり見入るのも私は大好きです。今回はその様な機会に恵まれました。

見所盛り沢山の東照宮の建物を表参道から順に観ていきます。

「東照大権現」の額が神々しい石鳥居 は御ご鎮座翌年の元和4年(1618)、黒田長政公による奉納。石材は、九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路を人力でここまで運ばれました。

神仏習合の形が残る日光東照宮では神社なのにお寺にあるような建物が多々あります。石鳥居をくぐると右手にある五重塔は慶安3年(1648)若狭国小浜藩主酒井忠勝公による奉納。文化12年に焼失しましたが、文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公により再建されました。

表参道の突き当たりあるのが表門です。神社の門ですが左右に仁王像が安置されています。この門も彫刻が見事ですが裏には彩色鮮やかな狛犬が。
      
   

まだまだ続きます。。。
Nikko Toshogu
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[ 2010年03月23日 08:11 ] カテゴリ:百寺社巡礼~埼玉、栃木、群馬 | TB(0) | CM(0)

丹下健三メモリアル7 日光東照宮客殿・新社務所

ちょうど1年前、丹下健三特集をやりましたが、日光特集の最中、今年も丹下氏の昇天記念日の今日3月22日、ありますよ。

日光東照宮客殿・新社務所(平成7年)
日光にもありました。丹下氏の作品が。
日光東照宮の表参道から仁王門前まで歩いた、ちょうど五重塔がある広場から北東方向に入る道があります。進んでいくと木造の日光東照宮美術館がありますが、美術館前から回り道した後ろにその建物があります。

客殿は来客やご祈祷者、祭典奉仕者などを迎えする施設として、また、茶会やミニコンサートなどの会場としても広く利用されているそうです。
    

池の奥の1階が社務所みたいです。

正面入口の裏側からの様子。

客殿造は4角の斜柱に屋根の重量が加わり、柱頭に張ったテンション材の張力で安定させるサスペンション構造。2階広間の天井にも見えますが内部の仕上げには日光杉を使用しています。

客殿・新社務所前の日光東照宮美術館が旧社務所です。参拝客があまり踏み入れない場所に新旧の建物が調和して建っていました。

内部の画像はこちらで。  別館~Yudai写真館~

【関連記事】
2009.3.20 丹下健三メモリアル1 国道246号編
2009.3.21 丹下健三メモリアル2 湾岸編、丹下健三メモリアル3 新橋・田町編
2009.3.22 丹下健三メモリアル4 文京区編
2009.3.23 丹下健三メモリアル5 代々木編   
2009.3.24 丹下健三メモリアル6 新宿編

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[ 2010年03月22日 07:25 ] カテゴリ:建築探訪~丹下健三 | TB(1) | CM(0)

JR日光駅

こちらはJR東日本日光線の終点、日光駅です。東武日光駅から100mくらいしか離れていません。

日光への観光客輸送でかつてから熾烈な競争をしてきた国鉄と東武ですが、主役は東武に軍配があがりひっそりしています。以前みたJR東海参宮線と近鉄の鳥羽や伊勢市駅の姿とラップします。

しかしJR日光線の開通は東武よりかなり早く明治23年(1890)、現在の駅舎は大正元年(1912)築です。駅構内や駅員の制服も品格を際立たせた感じになっています。日光駅も関東の駅百選に選定されています。

2階はかつての1等車両乗客の待合室。シャンデリアは駅舎完成当時のものだそうです。普段は未公開で現在は使用されていませんが貴賓室もあります。

古くから日本を代表する国際観光地として賑わっていたことが思い浮かばれます。

これだけの品格のある駅舎ですが、設計者が誰なのかはっきりとしたことは不明なんだそうです。

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[ 2010年03月21日 13:09 ] カテゴリ:駅探訪~埼玉、群馬、栃木 | TB(0) | CM(0)

東武日光駅

東武日光線の終点、日本を代表する世界からも有名な観光地 日光の玄関口、東武日光駅です。

標高538mのこの地まで東武日光線が全通したのは昭和4年(1929)。山小屋風の大きな三角屋根の駅舎が建築されたのは開業50周年にあたる昭和54年(1979)です。関東の駅百選に選定されています。

スペーシアも「けごん」より「きぬ」の運用が多いので、東武日光駅では特急電車より、浅草行き快速や下今市での特急「きぬ」号連絡用の2扉車の6050系の独壇場です。

駅舎の正面の色は茶色ぽいですが、屋根は緑なんですね。

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[ 2010年03月21日 08:14 ] カテゴリ:駅探訪~埼玉、群馬、栃木 | TB(0) | CM(0)

御礼 2周年

日光の特集の最中に当ブログ、今日で2周年を迎えました。ありがとうございます。2年目は遠出の記事が多かったですね。
日々のHIT数も500件前後にまでなり、ただただ感謝の気持ちでございます。
3年目の yukimi's blog も引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

2010.3.20 yukimi's blog

【関連記事】2008.3.20 第1回目の記事
[516]

[ 2010年03月20日 06:12 ] カテゴリ:yukimis blog | TB(0) | CM(0)

日光連山と大谷川

日光に近づくにつれて次第にまだ残雪残る山塊が見えてきました。この標高2千m超級の山々が連なる日光連山は、古くから信仰の対象とされ、有名な男体山などは二荒山神社の御神体でもあります。

目の前の川は大谷川。男体山の麓の中禅寺湖から華厳の滝、日光市街を流れ、鬼怒川に合流します。

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[ 2010年03月19日 07:31 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

yukimi’s blog in 日光市

3月20日yukimi’s blog開設2周年記念?企画のお出かけシリーズ。一昨日からの記事をみても推察できますように今回は日光市です。何でタイトルを日光じゃなく日光「市」としたかというと、今回は日光のメジャーなスポットは東照宮にちょっとだけ寄っただけで、その後鬼怒川温泉より更に北の温泉温泉へと足を運びました。しかし、そこも昨今の市区町村合併で行った場所も村ではなく、今では日光市になっていました。そこで全部ひっくるめて「yukimi’s blog in 日光市」としてみました。相変わらずの構成ですが懲りずにご覧下さい。

それにしても陽明門の写真をみると、背後の杉林にゾッとしますね。無風の日でよかったぁ。

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[ 2010年03月18日 00:01 ] カテゴリ:yukimis blog | TB(0) | CM(0)

東武特急スペーシア

日光行くなら当然、東武特急。。。。
 

平成2年(1990)に登場した、東武鉄道の日光・鬼怒川方面の特急電車「スペーシア」です。
 

内装は銀座東武ホテルのデザインを手掛けたデザイナーがデザインしたもの。座席もJRの在来線特急のグリーン車並。
 

6号車は4人用の個室が6室。テーブルは大理石だそうです。
 

浅草と日本の国際的観光地・日光へ向かう電車の先頭には、「YOKOSO! JAPAN」キャンペーンのステッカーが。
 

6両編成1本の製造価格はなんと13億4千万円だそうです。1両当りの単価は新幹線並です。
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[ 2010年03月17日 07:49 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(2)

東武伊勢崎線 浅草駅

東京都台東区、東武伊勢崎線の浅草駅です。伊勢崎線沿線の通勤客は北千住や曳船・押上から地下鉄・JR乗換でで都心に向かうのが主流のため、都心のターミナルの割にはイマイチ盛り上がらない駅ですが。。。。

百貨店の松屋浅草店が入居しているターミナルビルは昭和6年築、久野節設計です。ホームは2階、改札口までの階段を利用した広告。昨年8月頃は日光華厳の滝、今は大林組の東京スカイツリーです。エスカレータは開業当初から設置されていました。

私も北千住や春日部方面に出かける時は、日比谷線や半蔵門線から直通で行くのが当たり前になり浅草駅を利用することはなくなりましたが、日光、鬼怒川への旅行の場合は、北千住より、この古びた浅草駅から特急に乗るというのが、旅行に行く高揚感を引き立ててくれる気がして大好きです。

左端のホームの窓は往時のデザインがしのばれます。

隅田川に平行した位置にあるため、ホームの先端から急カーブで隅田川を渡ります。

浅草駅名物、優等列車乗降客用仮設渡り板。

さあ、日光へ向かって出発です。

【関連記事】
2009.8.7 久野節メモリアル
2009.9.22 久野節メモリアル2 蒲郡プリンスホテル
2009.10.30 久野節メモリアル3 近鉄 宇治山田駅

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[ 2010年03月16日 00:04 ] カテゴリ:駅探訪~東京23区 | TB(0) | CM(0)

二子玉川駅からの夕景2

途中、大雪の記事をはさみましたが、二子玉川駅のホームから夕暮れの多摩川を眺めていたら、日没近くになり、川面も輝いていました。

  

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[ 2010年03月12日 07:56 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

さむっ

昨夜は予想以上に東京でも雪が降りました。白色灯に照らされた踏切を渡るのも恐る恐ると。。。

雪降る夜に、傘を差した人。安藤広重の東海道五十三次「蒲原」を思い浮かべるのと言うのは、言いすぎかな(笑)。

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[ 2010年03月10日 07:39 ] カテゴリ:季節~冬 | TB(0) | CM(0)

二子玉川駅からの夕景

東急田園都市線二子玉川駅の中央林間側のホーム先端からの光景です。銀色の電車が夕陽に反射して輝いています。
私が子供の頃時から比べたら、ずいぶんホームが川の上まで伸びたもんだ。そして複々線になり、大井町線が溝の口まで伸び、急行が誕生するとは。。。

一番ビックリなのは、まさか東武の電車が走るとは。。。

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[ 2010年03月09日 07:38 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

兵庫島

東京都世田谷区、東急田園都市線、大井町線二子玉川駅の目の前、多摩川に中州があります。

南北朝時代、大田区の多摩川の矢口渡で足利勢の陰謀により自害した新田義貞の次男、新田義興のお供に由良兵庫助という武士がいました。主君の自害にあわせ、自らも命を絶ちました。足利勢が戦闘の手柄の証として示すために遺骸を捜しましたが、由良兵庫助の遺骸だけは見つかりませんでした。そして数日後、兵庫助の遺骸は多摩川で漁をする人達の前に現れ、地元の漁師達は夢破れた荒武者を悼み、遺骸を多摩川の中洲に密かに手厚く葬りました。 そしていつしか、この中州は兵庫島とよばれるようになりました。

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[ 2010年03月06日 09:57 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

世界最大 トーヨーボール

東京都大田区池上3丁目、国道1号線(第二京浜)の横に建つ巨大な建物があります。

 

トーヨーボールという横井秀樹がオーナーの東洋郵船傘下のボーリング場でした。開場は昭和43年(1968)、高度成長期の日本でボーリングブームの中、度肝を抜くスケールでした。
都内でも比較的大規模だった、芝や品川の西武系のボーリング場で100数十レーンの規模でしたが、ココはA館、B館合わせて504レーンあったそうです。
キャッチコピーも「世界最大」。割れたピンの看板と共に壁から剥がれ落ちそうです。

色々なサイトで過去の様子をみると、レストランが充実していたり、1階にインドアのカート場があったり、「プレジデント・フロア」ではキレイなお姉さんがプレイのアシスタントについていたそうです。そして24時間営業でした。私もかつて元旦の未明にプレイしたことがあります。

ボーリングブームも去り、不景気の中、A館は解体され現在は家電のコジマになっています。そして1フロア28レーンのみ、1階をゲームセンターとしてで細々と営業していたB館も平成20年(2008)に全館閉鎖となり、周囲を塀でかこみ、廃墟のまま今日に至っています。

 

建物の裏側は窓もない大きな壁のようです。まあレーンの奥にあたる側なので窓は必要はないのですが、近隣の日差しを遮っています。その真ん中に非常用の螺旋階段が。これだけの巨大なビルの割には随分と貧弱です。
 

なんだか非常時に多くの人がこの階段に殺到したら折れそうで怖いですね。

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[ 2010年03月04日 07:39 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

池上梅園

 

東京都大田区池上2丁目、本門寺のある丘の西側裏にある池上梅園へ。

 

池上梅園は、築地の料亭経営者小倉氏の没後、遺族の意志により、庭園として残すことを条件に大田区に譲渡されたもの。

 

面積は約2500坪で、大田区の花である梅が紅白あわせて約370本あります。
 
 

訪れた時(2月28日)はちょっと盛りを過ぎていましたが、春の訪れを感じました。

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[ 2010年03月02日 07:26 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)
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