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日本橋 三越本店

なんとなく日本橋三越に行ってみました。

大正3年(1914)に建てられた後、増改築が行なわれ現在の規模で完成したのは昭和10年(1935)。アメリカでデパート建築を学んだ建築家かつ横河グループ創業者でもある実業家の横河民輔氏の設計です。

本館正面玄関のライオン像は大正3年(1914)の作。ロンドンのトラファルガー広場にあるネルソン記念塔の下の4頭の獅子像がモデルだそうです。

誰も見ていないときにライオン像に乗ると願いが叶うという噂があるそうですが。。。。

開業時からエレベータやエスカレータも完備。東京メトロ銀座線三越前駅は、三越が直通出入口を設ける事などを条件に建設資金を全額負担して開業されました。

中央ホールは1階から5階まで続く吹き抜で床や柱、壁が大理石敷張りです。天井の照明も明るくてステキです。

大理石には所々、化石がはっきりみられる所もあります。

中央ホール2階バルコニーにはパイプオルガンがあります。昭和5年(1930)米国マイテー・ウェルリッツァー社製のものをを購入しました。現在でも、10時、12時、15時の1日3回、生演奏が行われています。

中央ホールの吹き抜けにある天女の像は昭和35年(1960)に完成、故佐藤玄々氏の作。構想から完成までには約10年の歳月を要しました。遠くから見ても表情がわかるように目が大きいですね。

年末商戦に向けて、中央通りも人出が増えることでしょう。 いや、増えてほしいですね。

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[ 2009年11月30日 07:36 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(0)

村野藤吾メモリアル5 ちょこっと御堂筋編

今回は6月に大阪に行った時に撮ったものです。

梅田地下換気塔(昭和38年)
大阪梅田地下街の換気塔です。後ろの左側の建物は改築になった阪急百貨店うめだ本店、大阪キタに建つオブジェみたいですね。

新歌舞伎座(昭和33年)
今年の6月に老朽化のため閉館された、難波の新歌舞伎座です。歌舞伎より杉良太郎公演の印象が強いかな(笑)。唐破風の屋根が幾重にも張り出した独特の外観が印象的です。

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[ 2009年11月28日 07:59 ] カテゴリ:建築探訪~村野藤吾 | TB(0) | CM(2)

村野藤吾メモリアル4 大宴会場「飛天」その2

その頃、日本列島の上に拡がる蒼穹には霞が棚びき、無数の天女が舞っている。長く裳すそをひるがえして、天女は飛び交うている。春霞を縫って、次から次へと天女は現れてくる。ああ、日本の春を舞い、日本の春を泳ぐ無数の飛天たち。

大宴会場「飛天」です。広さは610坪、ディナースタイルで1650名のキャパシティです。広さは後にグランドプリンスホテル新高輪の敷地内に建設された国際館パミールの大宴会場「崑崙」(726坪)に次ぐものとなりましたが、壮麗なシャンデリアの輝く天井高23mの空間は見事です。

豪華なシャンデリアは1個1億円だそうですピカピカピカピカ。何個吊り下がっているんだか。。。
 

天井にはアコヤ貝が貼られています。シャンデリアの灯りに反射してキラキラ輝いていました。志摩で真珠の養殖に使ったあとの貝殻を調達してきたのでしょうか。

とにかく、鉄道博に行ったのに天井ばかり見上げていました(笑)。

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[ 2009年11月26日 08:32 ] カテゴリ:建築探訪~村野藤吾 | TB(0) | CM(0)

村野藤吾メモリアル4 大宴会場「飛天」その1

本日11月26日は建築家 村野藤吾氏のご命日。昨年に続いて今年も村野特集です。今回は村野氏晩年の代表作、グランドプリンスホテル新高輪内の大宴会場「飛天」の内部の様子を。グランドプリンスホテル新高輪(元新高輪プリンスホテル)の開業は昭和57年(1982)、村野氏91歳の時の作品です。

宴会場なのでここで開催されるイベントがない限り中を見る機会に巡り会えません。ましてやここで結婚式の披露宴を行なう友人はいないし。。。ですが、今年は夏休み期間中、「大鉄道博」が開催されていたので、じっくり内部をみることができました。

大宴会場「飛天」は、専用の玄関をぬけるとエントランスホール「うずしお」、レセプションホール「さくら」へて、大宴会場とたどりつきます。
命名は作家の井上靖。その命名によせた詩のプレートが壁にはってあります。

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エントランスホール「うずしお」
春になると、日本列島を取り巻く海域にはたくさんのうずしお(渦潮)が配される。ゆっくりと、しかし力強い春の潮の動き。列島日本への春の到来は、この渦巻く潮と無関係ではないだろう。

 

玄関を入るとなだらかなスロープで地下におりていきます。中央の池に立つアクリル製のモニュメントが照明に照らされてキレイです。
 
 
 

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レセプションホール「さくら」
春の潮が渦紋を作る頃、日本列島はさくらの島になっている。細長い列島を南から北へと、規則正しく櫻は咲いてゆく。日本の明るくなごやかな春を、満開の櫻が支えている。

「うずしお」のスロープを降りると、「飛天」の入口の前にあるスペースです。千人規模の大宴会場には受付の設置用等にこれくらいの前室が必要なのでしょう。
 

いよいよ次回は「飛天」の内部です。

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[ 2009年11月26日 00:02 ] カテゴリ:建築探訪~村野藤吾 | TB(0) | CM(0)

ベロビスト サンセットスペシャル

セルリアンタワー東急ホテル40階のタワーズバー「ベロビスト」。いつも夜ですが今日は夕暮れ時に。

日没の早いこの時期、ベロビストではサンセットスペシャルとして17時(LO)まで、お好みのドリンクとオードブル盛り合わせのセットメニューがあります。

ひとりで黄昏てしまいました。

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[ 2009年11月24日 07:24 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

味館トライアングル@ボジョレーヌーボー解禁日2009

東京都千代田区平河町の創作フレンチのお店、味館(みたち)トライアングル。前回の記事 2009.3.29 平河町 味館トライアングルの時はランチでしたが今回はディナーで。

パンにはいつものハムのペースト。ハムなのでパンにたっぷり乗せて食べられます。

まずは殻付き牡蠣のグラチネ

オードブルバリエーションです。右上はサーモンの燻製でした。

オニオングラタンのスープ。

お魚料理はオマール海老のポアレ。

グラニテでお口直しの後は。。。

お肉料理はこのお店でも有名な和牛の石焼ステーキ。熱い石の上でサラッと焼いていただきます。以前、故高円宮殿下が宝生流の家元とこのお店でこの料理を召し上がられた時、「宝生焼」いう名前にされたらとおっしゃったそうです。

蕎麦のペペロンチーノを最後にひと口。

デザートもこっています。お楽しみ玉手箱。重箱の蓋を開けると中には数々のスイーツが。まさに浦島太郎のようです。 

この日はボジョレー・ヌーボー解禁日、いただいた赤ワインはジョセフ・シャモナール。モルゴン地区の1.30haの畑の樹齢50年以上の古木から収穫されたブドウからつくられた赤ワインなんだそうです。

味館トライアングル(HP)  東京都千代田区平河町1-3-7
営業時間 ランチ=11:00~14:30(LO)、ディナー=17:30~22:00(LO)  日曜日定休

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[ 2009年11月22日 07:33 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

あつた蓬莱軒のひつまぶし

「yukimi's blog in 伊勢志摩」の番外編です。伊勢の帰り、名古屋で途中下車してひつまぶしを食べました。そこで数あるひつまぶしのお店の中から「ひつまぶし」発安店の一人とされている、名古屋市熱田区 あつた蓬莱軒の本店「蓬莱陣屋」へ。

有名なお店はどこも行列必死だそうですが、時間が夕食の開店直後の時間だったので、待ち時間なしで入れました。
 

前座でまずは「うまき」を。結構ボリュームありました。
 

そしてメインの「ひつまぶし」。タレがしみてカラッと焼き上げてあります。
 

薬味、出汁、吸い物、香の物がついていますが、よく言われているひつまぶしの召し上がり方は。。。一膳目はそのまま、二膳目は薬味を加えて、三膳目はお茶漬けに。そして四膳目はお好みの召し上がり方で。だそうです。

あつた蓬莱軒(HP)  本店 名古屋市熱田区神戸町503 地下鉄名城線伝馬町駅徒歩7分
営業時間 11:30~14:00(LO) 16:30~20:30(LO)
定休日 祝日を除く月曜日

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[ 2009年11月19日 07:31 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

英虞湾 エスパーニャクルーズ

英虞(あご)湾の遊覧船「エスパーニャクルーズ」です。賢島駅の南口からすぐ小さな港に乗船場があります。

遊覧船は海賊船仕様ですが、けして箱根の芦ノ湖ではないですよ嬉しい顔

湾内には真珠筏がたくさん。本当に静かな海です。

途中、真珠の核入れの実演を見学するために工場の前の桟橋に寄港します。

養殖真珠はアコヤ貝の生殖巣に淡水の二枚貝を削って作った真円形の核を埋め込んだ後、筏に吊るして養成させます。

志摩市浜島町のミキモト真珠養殖場。丘の上の2棟の建物は、かつて英虞湾内の多徳島の養殖場の高台にあり、働く人々を指揮する指令塔でした「真寿閣」と、伊勢と鳥羽の間にある朝熊山にあった大正2年(1913)築の別荘「朝熊閣」です。「真寿閣」は昭和24年(1949)に、「朝熊閣」は戦後に、それぞれ現在の場所に移築されました。
また御木本幸吉は海につながりのある恵比寿像に深い関心があり、湾を眺める高台にも大きな恵比寿像を建てたそうです。

これで伊勢志摩の旅は終わりです。また天気のいい日に訪ねたいと思います。

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[ 2009年11月17日 07:25 ] カテゴリ:乗り物~船 | TB(1) | CM(0)

ラメールの朝食

志摩観光ホテルでの朝食も、昨夜、ディナーをいただいたラ・メールで。

朝食は和定食と洋定食の2種類です。まずは和定食、お粥かご飯を選べます。

洋定食はご覧の通り。

量は少なめですが、朝だからこれぐらいで丁度いいかな。

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[ 2009年11月15日 09:47 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

英虞湾の朝

「いろずきし さるとりいばら そよごの実 目に美しき この賢島」
昭和26年(1951)に昭和天皇が詠まれた作です。昭和天皇はこの年の11月に全国巡幸で三重県を訪れ、開業して間もない志摩観光ホテルに宿泊されました。

「高き屋に 志摩の横崎 雲の峯」
山口誓子の作。ホテルの屋上からの英虞(あご)湾の南にに細長く延びる前島半島を眺めた景色を詠んだものだそうです。

 

引き続き、志摩観光ホテルからです。夕陽は残念でしたが、朝陽を期待したものの、やはり英虞湾の朝のお天気も曇りがちでイマイチな感じでした悲しい顔。しかし波ひとつたたない静かな海では朝早くから真珠筏のお手入れをしていました。


ホテル下の桟橋からは朝1便だけ英虞湾めぐりの船が出港しています。

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[ 2009年11月14日 09:10 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(2)

志摩観光ホテルベイスイート バー ル・ファー

まだまだ華麗なる夜は続きます。。
いままでの志摩観光ホテルとは別に、賢島の西端に新たなホテルが昨年の10月に開業しました。名前は「志摩観光ホテルベイスイート」。したがって従来のホテルは「志摩観光ホテルクラッシク」という名前になりました。

部屋数は50室。このご時世にビックリの客室面積が約100㎡のスイートルームです。

志摩観光ホテルクラッシクの宿泊客もベイスイートのバーなどは利用でき、フロントに言えばすぐに自動車で送迎してくれます。ということでバー「ル・ファー」へ。

次はこちらに泊まれるよう、頑張ろう。

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[ 2009年11月12日 07:23 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

黒あわびのステーキ

おそらく、yukimi's blog のグルメカテゴリーの記事では今回が今までで最高額の食事だと思います食事。志摩観光ホテルクラシックのメインダイニング「ラ・メール クラシック」でのディナーです。

 

「華麗なる一族」第1章には、英虞湾の夕暮れのシーンに続き、万俵一族がお正月に一家揃って志摩観光ホテルのダイニングでの晩餐のシーンが書かれていますが、気分だけは万俵家の一員のように食べて参りました。
 

まずはアミューズは黒あわびのブルギニョン。
 

海の幸と野菜に伊勢海老のジュレとあわびヴィシソワーズ添え。
 

いよいよ噂に聞いていた伊勢海老のクリームスープ。
 

そして、そして黒あわびのステーキです。ちょっと小振りですが、うぅ~ん満足。
 

カムカムという果実のグラニテ。甘酸っぱい味です。
 

牛ヒレ肉のステーキ。ソースもお皿が真っ白になるくらい全部パンにつけて頂きました。
 

最後はデザート。
 

相変わらず大したコメントは言えませんが、、、(汗)。
有名なホテルのレストランなので他のブログでは賛否両論が多々ありました。私としては、あっさりした味付けで、ちょっと少量な盛り付けなので最後のデザートまでお腹のきつさを感じずに美味しく味わえたのよかったと思います。有名な伊勢海老のクリームスープや黒あわびのステーキは、「あっ、こういう味付けなんだぁ」と感心しながら頂きました。
とにかくお客さんみんながこのディナーを楽しみに訪れているんだなぁという気持ちで食事をしている空気に満ち溢れていることても嬉しかったです。

室内のシャンデリアは村野藤吾氏のデザインです。ステキな晩餐でした。
 

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[ 2009年11月10日 07:29 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

村野藤吾メモリアル3 志摩観光ホテル

志摩観光ホテル本館(昭和44年)

三重県志摩市賢島の丘の上に建つ都ホテルグループの老舗リゾートホテル、志摩観光ホテル クラシック です。現在は鉄筋コンクリート5階建の本館と昭和58年(1983)築の宴会棟のみの営業ですが、昭和26年(1951)の開業時建てられた東館、昭和35年(1960)築の西館も、開業当時から全て村野藤吾氏の意匠設計によります。

伊勢志摩地域が昭和21年(1946年)に国立公園に指定されたのをきっかけに、その記念事業として三重県が近鉄と三重交通へ呼びかけ、戦後初の純洋式のホテルとして開業ししてから半世紀、昭和天皇は5回も宿泊なされ、今上天皇、皇族の方々も利用されています。
 

またロックフェラーやマッカーサー、サルトル、吉田茂などのVIPの方々も宿泊し、谷崎潤一郎、三島由紀夫、山口誓子、山崎豊子、など多くの作家も定宿とされ、今回の伊勢志摩特集の序章 2009.10.29 yukimi's blog in 伊勢志摩 でも取り上げた山崎豊子の「華麗なる一族」の冒頭にも登場する名門ホテルです。
 

ロビーの様子です。木の香りが落ち着きます。
 

客室の様子。昨今の外資系ホテルの客室に比べて、調度品などもクラシカルな感じですが落ち着きます。写真ではわかりませんが、天井もかなり高めです。
 

天気だけが悔やまれます悲しい顔
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[ 2009年11月08日 10:07 ] カテゴリ:建築探訪~村野藤吾 | TB(0) | CM(0)

村野藤吾メモリアル2 近鉄 賢島駅

近鉄志摩線の終点、賢島駅です。賢島と言うくらいですから島です。しかしよ~く車窓を眺めていないと、いつ本州から島に渡ったか気付きません海。さすが奥志摩観光の拠点、大阪、京都、名古屋へ向かう特急電車がずらっと停まっていました。いずれも2~3時間程度で結びます。

近鉄 賢島駅(昭和35年)
久々の村野藤吾メモリアル、今回は賢島編です。
駅の開業は昭和4年(1929)、当時、この島は真珠養殖場しかない無人島でした。村野藤吾氏設計による現在の駅舎は昭和35年(1970)築、後日ご紹介する同時期に建設された賢島の代表的なホテル「志摩観光ホテル」も村野藤吾氏設計です。

長くせり出している2階は喫茶スペース。その下がタクシー乗り場や、近隣のホテルからの送迎バスの発着所になっています。

南口は英虞湾遊覧船乗り場の最寄口になります。

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[ 2009年11月07日 08:25 ] カテゴリ:建築探訪~村野藤吾 | TB(0) | CM(0)

ミキモト真珠島

鳥羽水族館の前の海に浮かぶミキモトの施設です。

かつては相島(あおしま)と呼ばれ、明治26年(1893)にここで御木本幸吉が真珠養殖に成功しました。島内には御木本幸吉大きな銅像があります。

昭和26年(1951)にレジャー施設として開業しました。まずは真珠の養殖の工程や真珠の工芸品を説明・展示してある真珠博物館から。
 

平成4年(1993)、養殖真珠誕生100周年記念して製作された「夢殿」。屋項中央の宝形飾は、宝瓶を中心として18金で作られ、先端には52個のダイヤモンド、八角形の天蓋には真珠の花実と風鐸、項点には13.4×13.2mmの南洋真珠が施されています。
 

1990年初頭に作成された「地球儀」。地球本体は直径33cmの銀製。陸地は22金、海と湖は12541個の真珠で表現されています。赤道はルビー377個、黄道はダイヤモンド373個を使用。台座はブロンズ鋳造による直径70cmの12角形。
 

養殖真珠誕生85周年を記念して作られた「パールクラウン1世」。真珠872個、ダイヤモンド188個、18金地金700グラムを使用。右の写真の「パールクラウン2世」は16ミリ真珠1個のほか、真珠795個、ダイヤモンド17個、18金地金950グラムを使用。
 

昭和14年(1939)、ニューヨーク万国博覧会に出品された「自由の鐘」。真珠12250個、ダイヤモンド366個が用いられています。
 

大正15年(1926)、フィラデルフィアで開催された米国独立150年記念万博博覧会に出品された「御木本五重塔」。建物はシロチョウガイやプラチナで作られ、真珠の数は12760個使用されています。
 

真珠博物館前の海では海女さんの実演が行なわれます。

もちろんミキモトのショップでは真珠の宝飾品が販売されています。旅先だとついついお財布のヒモもゆるくなってしまいます。女性を連れて行く場合は要注意です嬉しい顔飛び散る汗
 

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[ 2009年11月06日 08:07 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

鳥羽水族館

伊勢神宮参拝を終え、宇治山田から更に近鉄線の特急で賢島方面に10分ほど、鳥羽駅に着きます。そこでぶらり途中下車(笑)。

まずは鳥羽水族館です。昭和30年(1955)にオープンしましたが、今の海沿いの場所とは違って国道や近鉄線の線路を隔てて内陸側にありました。平成2年(1990)に現在の位置に移転しましたが、展示してある魚や哺乳類などのお引越しは大変だったそうです。

累積入場者数は日本最多で今年の8月に5500万人を突破しました。

タツノオトシゴの仲間、オーストラリアに生息しているリーフィ・シードラゴン。

スナメリです。余りにも早いスピードで水槽内を泳ぎまわっているので写真がピンボケです(汗)。

世界で唯一飼育されているアフリカマナティーの餌付けです。また鳥羽水族館にはジュゴンのペアもいますが世界最長飼育記録を更新中です。

ペンギンや海獣など盛りだくさんでした。

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[ 2009年11月05日 07:33 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

赤福本店

伊勢の名物の代表格といえば赤福。おかげ横丁にある本店の建物は明治10年(1877)築です。
 

本店奥の座敷で食することが出来ます。餡の独特な形は五十鈴川のせせらぎを表現しています。また一緒にいただけるお番茶は三重県度会産の「度会茶」です。

営業開始時間は毎朝5時。内宮が一年を通じて朝5時にはお参りができるのでそれにあわせてお店を開けるそうです。

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[ 2009年11月04日 07:23 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

おかげ横丁 すし久

五十鈴川沿い、伊勢神宮内宮へ向かう約800mほどの参道にある「おはらい町」といわれる商店街があります。江戸時代になると庶民にも伊勢参りがブームになりましたが、この日も多くの参拝客で賑わっていました。

おはらい町の中ほど、平成5年に江戸から明治にかけての当時の伊勢の建築物が移築・再現され誕生した「おかげ横丁」という街があります。その入口にある、すし久というお店でお昼ご飯を。すし久の創業は天保年間、料理旅館として繁栄し終戦後に一時休業していましたが、平成元年に伊勢の田舎料理をだすお店として復活しました。現在の建物は明治2年の遷宮時に出た宇治橋の古材で建てられており、民間に神宮の古材を下賜された唯一の例だそうです。

伊勢の田舎料理の中でもポピュラーな、てこね寿司。「秘伝」の醤油に漬けた鰹の切り身が酢飯の上に乗っています。切り身はもちろんですが、冷ましてある酢飯が甘みがあって美味しかったです。

食事のあとはやはりあの甘味ですよね。

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[ 2009年11月03日 09:13 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

伊勢神宮 内宮

皇大神宮  (JR参宮線・近鉄 伊勢市駅、近鉄 宇治山田、五十鈴川駅より三重交通バス内宮前バス停下車)

では皇室の御祖神、日本の総氏神様、 天照大御神を主祭神とする内宮です。皆さんのお住まいの近所の神社の社務所でも、そこの神社の御札と一緒に「天照皇大神宮」の御札も売られていますよね。それがこの伊勢神宮の内宮にあたる皇大神宮の御札にあたります。

もともと天照大御神は宮中に祀られていましたが、倭姫命が御杖代となり新たにお祀りする土地を求めて大和の国から伊賀、近江、美濃の諸国を巡り、伊勢国に辿り着いた時「この国に留まりたい」という天照大御神の神託があり、垂仁天皇26年(紀元前4年)にこの地にお祀りしたのが皇大神宮のはじまりです。

内宮への入口、日常から神聖な世界への架け橋となる五十鈴川に架かる宇治橋は、後述しますが式年遷宮の4年前に20年に一度架け替えられます。私が参拝した時は架け替え工事の最終段階で、まだ白いシートがかかっていました。
 

渡り板は616枚の檜、橋桁は39本の欅で造られ、渡り初め式は明日11月3日に行なわれるそうです。
 

仮橋を渡り宮域内へ。内宮の宮域の面積は5500ヘクタール。特に写真の奥の社殿などがある神域93ヘクタールの地域は、御鎮座以来まったく斧を入れていない禁伐林だそうです。
 

内宮参道の右手の石畳を敷き詰めた五十鈴川岸の御手洗場は、元禄5年(1692)に徳川綱吉の生母 桂昌院が寄進したものといわれています。
 

参道の突き当たり、左手の石段を上ったところに鎮座するのが皇大神宮の正殿です。こちらもカメラは石段下までです。
 

皇大神宮の別宮は域内に荒祭宮、風日祈宮の2所。域外に8所あります。今回は荒祭宮の写真のみですが、こちらの御祭神は天照皇大御神の荒御魂。
 

伊勢神宮では20年に1度、御正殿を始め御垣内の建物などを新造し、さらに殿内の御装束や神宝を新調して、神儀を新しく建てた正宮へ遷す式年遷宮が行なわれます。そのため社殿の横に同じ区画の空き地(古殿地)があり、20年ごとに交互に社殿が建てられます。写真は古殿地の垣の穴から撮ることが出来た、心御柱(しんおみはしら)の覆屋。
 

次の伊勢神宮の第62回式年遷宮は平成25年です。

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[ 2009年11月02日 08:10 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(1) | CM(0)

わけみや

内宮、外宮とも天照大御神、豊受大御神をお祀りする正宮のほか、宮域内外に正宮に次ぎ尊いとされる別宮(わけみや)があります。外宮には宮域内に3つ、宮域外に1つの別宮がありますが、今回は宮域内の3つの別宮のお話を。正宮と違い、垣もなく、より神様のもとに近づけます。

多賀宮  〈御祭神〉豊受大御神荒御魂
正宮参拝後、前の池の橋を渡たった奥、98段の石段を上った所にあります。豊受大神宮の別宮の中でもこの多賀宮だけは他の別宮が後年に別宮に列せられたのと違い、豊受大神宮が創立されたのと同時に奉斎されました。

荒御魂(あらみたま)というのは神道の概念で、神様は祟りを起こしてしまうような荒魂(あらたま)と、御加護を与えてくれるような和魂(にきたま)のふたつの相反する霊魂を持つといわれています。
そのため人々は荒魂を和魂に変えたり、鎮めるために、供物を捧げたり儀式やお祭を行ってきました。伊勢神宮では別宮を設け、御祭神の荒御魂をお祀りしています。

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土宮  〈御祭神〉大土乃御祖神
多賀宮に向かう石段の入口に社殿があります。御祭神の大土乃御祖神はもともと外宮のある地域の守護神として崇敬されてきました。

jかつては摂社以下扱いの神社でしたが、外宮の西に流れる宮川の度重なる氾濫に悩まされた外宮禰宜が大治3年(1128)に宮川治水、堤防の守護神として別宮に加列されるよう朝廷に申請し認められ、別宮に一気に昇格されました。


風宮  〈御祭神〉級長津彦命、級長戸辺命
御祭神の級長津彦命・級長戸辺命は、本来は農耕に適した風雨をもたらす神で、多賀宮へと続く参道沿いの杉の木の根元に鎮座していた小さな社だったそうです。

それが内宮域内の別宮 風日祈宮と同様、鎌倉時代におきた元冦に際して蒙古軍を全滅させたいわゆる神風の御霊験に応えるべく、正応6年(1293)に一躍、別宮に加列されました。以降は日本の国難に際して日本を救う祈願の対象となりました。

このほか、宮域外、伊勢市駅近くにもう一つ別宮月夜見宮(〈御祭神〉月夜見尊、月夜見尊荒御魂)があります。

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[ 2009年11月01日 06:53 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)
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