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横浜三塔物語ビュースポット1 神奈川県庁前

もう一度、横浜高速鉄道みなとみらい線、日本大通り駅の改札横の「三塔広場」の柱に書かれている文章を見ると。。。。

神奈川県庁の「キング」、横浜税関の「クィーン」、横浜市開港記念館の「ジャック」、3塔を一望できるスポットは3ヶ所すべてまわると、願いがかなう・・・。

いつ、どこから生まれたか知りませんが、このような「伝説」があります。昔は高い建物が少なく多くの場所から三塔を見ることが出来たでしょうから、きっと最近生まれた都市伝説なのでしょうが、そんな事は気にせず3ヶ所廻ってみました。

まずは神奈川県庁前です。神奈川県庁本庁舎いわゆるキングの塔の正面、日本大通りを挟んで向かい側の歩道にご覧のようなプレートがちゃんと道にあります。

県庁のキングの塔を中心に見て、左手奥に横浜市開港記念館の{ジャック」、右手に横浜税関の「クィーン」の塔が見えます。

三塔一緒に見える場所なんですが、ここの場所で難点なのが、大きなイチョウの木の葉っぱで三つの内、一つは隠れてしまうこと。

ちょっとだけ位置をずれるとご覧の通り、立派なキングの塔が見られます。

ひと目で同時に見るには葉の落ちた冬がいいですね。

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[ 2009年09月30日 07:19 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

横浜三塔物語3 ジャック(横浜市開港記念会館)

横浜三塔の最後はジャックと言われている横浜市開港記念会館です。

3塔の中でも最も古い建築で、横浜港開港50周年を記念して、大正6年(1917)に竣工されました。建設当初も、また現在も公会堂として使用され、以前、yukimi’s blog (2009.7.19 中之島ネオルネッサンス2 大阪市中央公会堂)で取り上げた 大阪市中之島の公会堂と同時期の建築です。

関東大震災では時計塔と壁体だけを残し、内部は焼失し、屋根ドーム群も欠落してしまいましたが、昭和2(1927)年に震災復旧工事が竣工し、その後、昭和60年(1985)に創建時の設計図が発見され横浜市に寄贈されたのを契機に、昭和63年度にドームの復元工事に着手し、平成元年(1989)に大正時代そのままの姿に復元しました。

この建物は日曜、祝日も内部を見学できます。館内の階段です。右のらせん階段は塔の上部につながっています。

2階のホールや中央階段にあるステンドグラスは関東大震災で焼失後、昭和2年(1927)に復旧したものです。

次回からは願いがかなう三塔が見えるスポットの話です。

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[ 2009年09月29日 07:22 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(3)

横浜三塔物語2 クィーン(横浜税関)

クィーン~横浜税関

県庁の北西側から海に向かってすぐ。海岸通りを渡ると左手にある大桟橋に向かって建っている建物です。

関舎の竣工は昭和9年(1934)、大蔵省営繕管財局の設計によります。海に向かって建っているように見えますが、正面玄関は写真の右手、海岸通り側です。

塔の高さは51mと3塔の中では一番高いです。

平成15年(2003)には保存改修工事が行われ、外壁及び塔屋を残す形でリノベーションされました。

日曜日・祝日も開館している資料展示室「クイーンのひろば」が1階にあり、税関の働きや歴史、摘発されたニセブランド等が展示されています。

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[ 2009年09月28日 07:16 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(0)

横浜三塔物語1 キング(神奈川県庁)

横浜高速鉄道みなとみらい線日本大通り駅の改札階にあるスペースを、いつのまにか三塔広場と呼んでいます。横浜三塔とはこの駅の近隣にあるレトロな3つの建物の塔をさし、建物は通称キング、クィーン、ジャックと呼ばれていますが、何日かに分けて建物と、三塔にまつわる伝説をお話していきたいと思います。

キング~神奈川県庁本庁舎

まずは横浜三塔のうち「キング」と呼ばれている神奈川県庁の本庁舎です。
日本大通り前にある重厚な庁舎は昭和3年(1928)竣工です。塔屋は横浜三塔のうち「キング」と呼ばれています。

関東大震災で焼失した旧県庁舎の再建にあたり、公募で当選した小尾嘉郎氏の案をもとに、神奈川県内務部により設計されました

塔の高さは49mあります。

さて、他の2塔も県庁の近くです。

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[ 2009年09月27日 06:34 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(0)

蒲郡競艇場ナイターレース

蒲郡、夜のお楽しみは競艇です。ナイター競艇が蒲郡で行われたのは平成11年(1999)7月。その後、競艇界初のSG競走(競馬でいうGIレースみたいなもの)のナイター開催、クリスマスのナイター開催、そして平成18年度(2003)からは公営競技初の春夏秋冬、オールシーズンのナイター開催を行うなど新機軸を打ち出してきました。

その努力の結果でしょうか、平成20年度(2008)のレースの売上は場外や電話投票の発売も併せて約1005億円となり、全国24ヶ所の競艇場の中で、長く首位の座を守ってきた大阪の住之江競艇場を抜いて初めて首位に立ちました。収益金は市民病院の運営費や下水道、土地区画整理に主に拠出されています。

初めてのナイター競艇の観戦でしたが、ライトに光る水しぶきがきれいでした。

蒲郡競艇のマスコットキャラの「トトまる」です。彼女や仲間もいます。来場ポイントカードでポイントを貯めるとグッズがもらえるそうです。

三河塩津駅から再び見た夜の競艇場。トホホと帰る1日でしたがっかりした顔。豊橋駅停車ののひかり号の時間、何時だろう飛び散る汗

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[ 2009年09月26日 09:00 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

三河塩津駅・蒲郡競艇場前駅

JR東海道本線、名鉄蒲郡線が蒲郡駅から名古屋方向に2キロ半ほど併行して走る区間にある駅です。JR東海の駅名が三河塩津、名鉄の駅名が蒲郡競艇場前駅と異なりますが、両駅同じ場所にあります。開業は名鉄が近隣の塩津駅と拾石駅を統合し昭和43年(1968)に、東海道線も競艇場の客を当て込み昭和63年(1988)に開業しました。JRは名鉄とただ併行してた場所に後からホームを造ったのでちょっと狭いです。

三河塩津駅は橋上駅舎です。バリアフリーでないのがちょっと難点でしょうか。左側の建物が名鉄の駅です。

三河塩津駅には駅員や警備員もいます。

名鉄の蒲郡競艇場前駅は競艇開催時以外は無人駅です。名鉄の電車もワンマンの2両編成と、電車利用客の主流をJRに取られた感じです。

駅名の通り、この日一番のお楽しみ、競艇場は駅からすぐです。

そういえば一時期、がまごおりきょうていじょうまえ(15文字)駅は日本で一番長い駅名でしたね。

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[ 2009年09月25日 00:06 ] カテゴリ:駅探訪~東海 | TB(0) | CM(0)

海の軽井沢

蒲郡市の東部にある愛知県、蒲郡市、トヨタなどの出資による第3セクター蒲郡海洋開発㈱が運営するシーサイドリゾート、「ラグーナ蒲郡」です。このたぐいの事業はどこも経営難にありますが、ここも銀行の債権放棄、事業規模縮小などで苦難を乗り越え、今日の複合海洋リゾート施設が出来上がりました。現在も債務超過は変わりませんが、2015年には解消できる見込みだそうです。

ラグーナ蒲郡のある大塚地区はかつては海水浴客で賑わいましたが、宅地化が進み海水浴客も減少傾向にありました。そこで地元有志および蒲郡市の計画により「海の軽井沢構想」がスタートし、平成3年(1991)から付近の埋め立てなどの開発がスタートしました。

開発のスタートがバブル経済の終焉の時期と、いかにも運が悪いですが、「海の軽井沢」の施設の様子を

ラグナマリーナは平成13年に他の施設の先陣をきって開業したマリーナ。収容艇数海上約200隻、陸上約150隻 は中部圏最大だそうです。
 
 

一般の人もヨットやクルーザーでクルージングを体験できます。

ラグナシアは海をテーマにしたテーマパーク。敷地中央のウォーターパークは夏場はプールとして、それ以外の時期はボートなどを用いたアトラクションになります。
 

マリーナの対岸には宿泊用客室や温海水プールもある世界的ブランドのタラソテラピー施設テルムマラン ラグーナ、天然温泉ラグーナの湯、地中海料理のレストランラ・メゾンブランシュラグーナがあります。

ラグーナ蒲郡の北側のシーサイドに建つ分譲マンションラ・メルカーサ。最寄の三河大塚駅もさほど遠くなく、この周辺だと名古屋までの通勤圏なんでしょうか、昨年、4棟目が建ちましたが完売したそうです。

フェスティバル・マーケットはアウトレットもあるショッピングモールです。1階の「おさかな市場」では活魚や野菜の販売のほか、魚介類を中心としたフードコート「海鮮たべりん広場」があります。大観覧車からは、ラグーナ内や三河湾を一望できます。
  
 

ボートやクルーザーも売ってます。ちなみに左の写真のトヨタ製のクルーザーはエアコン標準仕様で2500万円前後でした。

ラグーナ蒲郡の南側の三河湾に面している人工海浜大塚海浜緑地。9月でしたので静かな砂浜になっていました。
 

これからも更なる分譲マンションの建設やリゾートトラストのホテル建設が予定されているそうです。

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[ 2009年09月24日 07:40 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

プリンスホテルの御当地スイーツ蒲郡編

以前、梅雨の季節に鎌倉プリンスホテルのラウンジで食べた紫陽花風のケーキ (2009.6.21 鎌倉プリンスホテルの紫陽花スイーツ) に続く、プリンスホテルの御当地スイーツ第二弾です。蒲郡プリンスホテル2階ののラウンジ・バーのウィンザーでいただきました。窓辺から見る三河湾や竹島が絶景です。

9月限定スイーツ「海の街 がまごおり」。モンブラン風のチョコレートロールケーキにカラメルプリンとマロンアイスクリーム、梨の赤ワインコンポート添えです。三角のホワイトチョコレートでヨットを表現しています。

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[ 2009年09月23日 07:13 ] カテゴリ:グルメ~東海 | TB(0) | CM(0)

久野節メモリアル2 蒲郡プリンスホテル

竹島と対峙する丘の上に建つクラシカルホテルです。もともとは名古屋の老舗繊維商社 株式会社滝兵商店(現株式会社タキヒョー)の創業家が昭和9年(1934)に竣工・開業した蒲郡ホテルが前身で、鉄道省指定第1号の国際観光ホテルでした。設計は元鉄道省初代建築課長で建築家の久野 節です。2009.8.7久野節メモリアル の記事で紹介したとおり、東武の浅草駅、難波の南海ビルの設計者でもあります。

昭和55年(1980)、 タキヒヨーの経営悪化のあおりで廃業、蒲郡市が周辺の乱開発防止のため、ホテルおよび周辺の土地を買収しました。その後、西武グループに売却され、昭和63年(1987)に蒲郡プリンスホテルとして開業し現在に至っています。

城郭風建築上部の天守閣部分は、鉄道省が「遠く鳥羽まで見渡せること」を建設の条件としたため、急遽設置されたそうです。蒲郡ホテル時代は展望室と呼ばれていました。

客室数は27室。多くの皇族や有名人が宿泊し、映画やドラマのロケにも多く使用されました。最近ではドラマ「華麗なる一族」第3回に出てくる「ヴィラ舞子浜」です。

[ 2009年09月22日 07:38 ] カテゴリ:建築探訪~久野節 | TB(0) | CM(0)

America's Cup challenge from 蒲郡

日本ではまだまだ知名度の低いスポーツ競技なので、ちょっと長めの説明を。。。
アメリカスカップとは1851年イギリス万国博の開催記念行事より行われたワイト島1周レースに端を発しています。優勝したのはアメリカからただ1艇参加したアメリカ号で、ビクトリア女王は銀製の水差し状のカップを下賜されました。このため、カップはアメリカ号のカップ、即ち「アメリカスカップ」と呼ばれることとなり、優勝杯として継続使用されている世界最古のスポーツトロフィーでもあります。
その後アメリカ号のオーナー達は、「カップの保持者は、いかなる国の挑戦も受けねばならない」ということを記した贈与証書と共にカップをニューヨーク・ヨットクラブへ寄贈しました。これに基づき1870年に第1回アメリカスカップが開催され現在に至っています。
海のF1とも呼ばれるこのヨットレースには莫大な資金や高度な技術を要し、挑戦者およびカップ保持者は巨大なシンジケートを組織し、資金の獲得・艇体の開発からセーリング・チームの育成まで、あらゆる業務を一貫して行います。試合はカップ保持者の防衛艇と挑戦艇との一騎打ちで行われ、そのための挑戦艇決定シリーズがアメリカスカップの前に行われます。
そこで日本でもアメリカスカップに挑戦するためのシンジケートが組まれ、この蒲郡にベース基地が昭和63年(1988)に置かれ、平成4年(1992)、平成7年(1995)、平成12年(2000)に開催された挑戦艇決定シリーズに挑み、アメリカスカップ優勝を目指しました。
日本のハイテク技術を結集して挑んだものの、健闘むなしくいずれも挑戦艇決定シリーズで敗れ、平成13年にベース基地も撤去されました。

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そのため蒲郡では初めてアメリカスカップに挑戦するために建造された3艇のヨットが各所に展示されています。
まずは蒲郡駅南口駅前広場に設置かれているJPN-3(平成2年建造)。

長さ23.2m、幅5.5m、重さ25トンの艇が洋上を滑走するイメージを表現するが如く、傾斜させて設置してあり、躍動感が伝わってきます。

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これが蒲郡駅南口から海に向かって数分歩いた所にあるベースキャンプ跡地です。

ベースキャンプ跡地にはJPN-6(平成2年建造)が置かれたままです。特に手入れされていないので他所の艇より傷みが目立ちました。

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こちらは後日紹介する蒲郡にある複合海洋リゾート施設「ラグーナ蒲郡」に展示されているJPN-26(平成4年建造)。

上部からのアングルです。この上に16名のクルーが乗り込み、操船します。

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私がアメリカズカップを知ったのは平成7年(1995)の1月1日、所用で蒲郡に向かうため新幹線で読んでいたスポーツ新聞の特集記事を偶然にも読んでいた時でした。その時蒲郡駅に降り、まだベース基地があった時に柵の外から撮影した写真がコレです。もし日本艇が優勝したら次開催は蒲郡ピカピカ!?なんて夢を抱いていましたが、さすが欧米の実力には敵いませんでした。

今では建物も撤去され寂しい感じになっていますが、いつか再び蒲郡から挑戦してもらいたいものです。

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[ 2009年09月21日 08:04 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

蒲郡の弁天様

八百富神社(東海道本線、名鉄蒲郡線蒲郡駅から徒歩30分程度)
〈御祭神〉市杵島姫命

竹島に鎮座する神社です。小さい島内にはお店や民家などは全く無く、島全体が神域です。対岸の竹島橋前には島を望むように拝殿があります。橋をまたぐように建っている島の入口の大鳥居は大正4年(1915)の築。

社殿まで続く石段。島自体が天然記念物ですから江の島みたいにエスカレーターはありません(笑)。

創建は養和元年(1181)、藤原俊成がこの地域の開発成就を願い琵琶湖の竹生島より勧請しました。

御祭神は市杵島姫命、開運・安産・縁結の神様です。昔はその御前には弁財天を祀り、日本七弁天のひとつとされています。いつも当ブログにコメントをよせてくれているモミモミさんの安産を祈願し、普段よりお賽銭を多めにいれておきました嬉しい顔

八百富神社境内には、4つの境内社が祀られています。
石段を登って来るとまずたどり着くのが宇賀神社(御祭神:宇迦之御魂神)。一時期は潮津波のため対岸の国府村に遷座していましたが、国府村、竹島の両神主が同時に御祭神の「竹島に帰りたい」という霊夢を見たことにより、竹島に返座されました。

千歳神社の御祭神は八百富神社を創建した藤原俊成。

大国神社の御祭神 大国主命は国土平定、土地の開拓、庶民への農耕の教授、医薬呪いの法を授けるなどに国土経営に尽くした神様です。社殿は境内で唯一の神明造。

八大龍神社(祭神 豊玉彦命) 藤原俊成の夢枕に「永く竹島に遷りて諸人に幸福を与えん」という宣託があり、ここに祀ったという言い伝えがあります。雨乞いに霊験著しい神様です。

八大龍神社の奥、島の先端は龍神岬と呼ばれ、海に向かって龍神松が生えています。

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[ 2009年09月20日 07:45 ] カテゴリ:百寺社巡礼~東海 | TB(0) | CM(0)

蒲郡開発の祖

竹島対岸の広場に大きな銅像が建っています。銅像の主は藤原俊成といい蒲郡開発の祖として地元ではたたえられています。

藤原俊成は平安時代末期、久安元年(1145)~久安五年(1149)まで三河の国司を務めていた時に、三河湾に面して温暖なこの景勝地を好み、楠の木などが群生していた荒地を荘園に開発したそうです。

また藤原俊成は公家であり、千載和歌集の撰者である歌人でした。また新古今和歌集の撰者として知られている藤原定家は俊成の子で、その子孫は京都の冷泉家にあたります。蒲郡では毎年4月に俊成の里短歌大会が開催されています。

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[ 2009年09月19日 12:33 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

竹島

竹島といっても日本海に浮かぶ隣国ともめている島ではなく、こちらは愛知県蒲郡市、三河湾に浮かぶ広さおよそ1.9haの小島のことです。対岸とは橋で結ばれています。見た目、神奈川県の江の島と間違えないで下さいね(笑)。

島内は400mしか離れていない対岸と異なる暖地の植物が生えている珍しい環境にあるため、昭和5年(1930)に国の天然記念物に指定されています。

海辺にはちょっと足場が不安定ですが遊歩道があり、また島の上部のいずれの場所からも眺められる三河湾はキレイです。


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[ 2009年09月19日 07:27 ] カテゴリ:三河湾・伊勢湾・英虞湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

yukimi's blog in 蒲郡

ちょっとだけ遠距離のお出かけ企画。今回は愛知県蒲郡にやってきました。写真のニッポンのロゴは?と思うかたもおられると思いますが、これぞ中部圏でも有数のマリンスポーツの地、蒲郡の象徴でもあります。

蒲郡各所の記事は明日以降続きます。

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[ 2009年09月18日 07:29 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

高輪消防署二本榎出張所

東京都港区高輪二丁目、国道1号線の明治学院前の信号から海側に向かう道に入り坂を上りきった所の交差点の一角にある建物です。

昭和8年(1933)落成の庁舎はの設計は警視庁総監会計営繕係の越知 操。現在は二本榎出張所ですが、落成から昭和59年(1984)に港区白金二丁目に移転するまでは、ここが高輪消防署本署でした。

庁舎の建っている場所は海抜25m。かつては望楼から東京湾や東京の街が遠くまで望めたそうです。塔頂部の青い塔は、 東京都の「文化デザイン事業」により昭和59年(1984)に設置されました。

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[ 2009年09月17日 08:05 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(0)

鳩山会館

鳩山首相誕生記念企画ということで、東京都文京区音羽の丘の上に建つ洋館「鳩山会館」を見学してきた模様を。現在は住んでいる人はいませんが、入館料大人500円で一般見学できます。

鳩山家が文京区音羽に居をかまえたのは明治24年(1891)、この洋館が出来たのは大正13年(1924)です。さすがお屋敷、玄関から建物まで坂道をずうっと登って行きます。

やっと着きました。大きな木に囲まれて玄関前からだとちょっと全容がみえませんが。。。設計は以前yukimi’s blogでも紹介しました大阪市中央公会堂の設計原案を作った岡田信一郎です。

玄関を入り階段を上りますが、振り向くと扉の上に鳩が描かれているステンドガラスが。

まずは2階へ。階段おどり場では五重塔や鳩の大きなステンドガラスが目をひきます。

2階の大広間です。ここは修復前は3つの寝室だったそうです。

窓から芝生の広がるお庭を見下ろしたところです。

正面玄関上のバルコニーです。

1階の応接間です。中央の大きなイスはかつて鳩山一郎元総理が愛用していたそうです。

もうひとつの応接室です。

お庭に出てみました。これぞお屋敷という感じです。

お庭には銅像が。左の写真が鳩山和夫元衆議院議長と共立女子学園の創立者でもある薫夫人。右の写真の銅像は和夫氏夫妻の長男、鳩山一郎元首相、そのまた長男は鳩山威一郎元外務大臣。威一郎氏の長男が今日首班指名により首相になる民主党代表の鳩山由紀夫氏、次男が自民党の総務大臣の邦夫氏と、鳩山家4代にわたっての政治家一族です。

邸内にはいたると所に鳩がいますよ。

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[ 2009年09月16日 00:08 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(0)

明治神宮 西参道から北池へ

東京都渋谷区、明治神宮、いつもは原宿駅側から南参道を歩き境内に出入りしていますが、今回は初めて拝殿前広場から社殿に向かって左側の鳥居をくぐり、西参道から宝物殿、代々木駅方向へ歩いてみました。
  
 

西参道を歩いていると大きな広場が。まるでゴルフコースみたいな広大な芝生は、いつもの鬱蒼とした杜の原宿側とは全くイメージが違います。

 

赤い屋根の建物が宝物館です。
 
 

宝物殿前の北池です。オシドリをはじめ多くの野鳥が集まってくるスポットなんだそうですが、この日は灯篭のてっぺんのスズメしか確認できませんでした。

奥に田んぼが。カカシが立っているところも懐かしい光景ですが、賢いカラス達には効き目が無いみたいです嬉しい顔

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[ 2009年09月15日 07:10 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(2)

明治神宮 夫婦楠

明治神宮、外拝殿脇にある大きな二本の楠の木です。「夫婦楠」と呼ばれており、縁結び、夫婦円満、家内安全やパワースポットとして親しまれています。

その楠の木の前を婚礼の行列が。お幸せに。

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[ 2009年09月14日 07:29 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

かるめら御膳

先日はセルリアンタワー1階のガーデンキッチンかるめらで昼食を食べました。

注文は「かるめら御膳」。1日限定30食の和風の御膳メニューです。
前菜はスモークサーモン、山芋に柚子胡椒がかかっています。

メインは秋らしくきのこの炊き込みご飯です。おかずも肉、魚、野菜と華やかです。

最後はデザートも。フルーツ、パンナコッタなどなど。

お財布にはちょっとヘビーな昼休みのランチでしたが。。。 たまには、いいか嬉しい顔

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[ 2009年09月13日 05:34 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

書類選考90%合格の写真屋さん

写真のたなかや

東急田園都市線高津駅を出て右。高津警察署横の細い道を通り旧大山街道沿いにビルをもつ写真屋さんです。

この写真屋さんはテレビでも紹介されるほどで、履歴書や受験票にこのお店のご主人に撮ってもらった写真を使うと高確率で書類選考にパスするという噂です。お受験用の写真のために遠方からも撮影に来るお客さんがいるそうです。

私も100年に1度の不況下の転職も、こちらで撮っていただいた写真のおかげ?でなんとか出来ました。

最後は神頼み+写真頼みでした。

写真のたなかや(HP)
神奈川県川崎市高津区溝口4-6-28 東急田園都市線高津駅徒歩5分 木曜日定休

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[ 2009年09月12日 07:08 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

京急にスペーシア

ごくフツーの京浜急行の電車ですが、側面の広告ラッピングをみると。。。

なんと東武鉄道の特急スペーシア。慌てて撮ったのでコピーまでは全部撮れていませんが、日光、鬼怒川への観光PRです。最近は他の鉄道会社の駅や車内に自社沿線の観光地などの広告をよく見かけるようになりましたが、特に直通運転もしていない他社の車輌にラッピング広告とはビックリ。

京急沿線からスペーシアに乗るには、直通運転している都営地下鉄浅草線で浅草駅乗換が一番便利なのかなぁ。ちょっと離れているけど飛び散る汗

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[ 2009年09月11日 07:38 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

おひつ膳 田んぼ 代々木本店

美味しいご飯や焼き魚、これぞ日本食という料理を食べられるお店、「おひつ膳 田んぼ」。以前、yukimi's blog では表参道店を紹介しましたが、今回は代々木の本店です。代々木の駅前からナチュラルローソンのある方向に歩いていくとあります。お店の横のミニ田んぼでは稲がスクスク育っていました。

写真は定番めにゅーの銀だら醤油粕漬のおひつ膳。

季節のおひつ膳メニューは、冷やしとろろおひつ膳。焼き鮭つきでした。

代々木本店は年中無休で営業しています。

おひつ膳 田んぼ 代々木本店  おひつ膳 田んぼHP  
営業時間:11:00~23:00(日曜・祭日は22:00) 無休
住所 東京都渋谷区代々木1-41-9  

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[ 2009年09月10日 07:12 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

住友重機械 横須賀造船所

神奈川県横須賀市、南側は米海軍の横須賀基地に近く、北側は八景島シーパラダイスの対岸になる大きな造船所です。正式には住友重機械マリンエンジニアリング株式会社横須賀造船所です。

前身は明治30年(1897)、榎本武揚らの主唱により設立された浦賀船渠株式会社。yukimi's blog でよく登場した浦賀にある住友重機械工業の旧浦賀造船所です。
この横須賀造船所は昭和46年(1971)に開設され、敷地面積は55万㎡、全長300mを越える大型タンカーなどの大型貨物船を建造しています。八景島シーパラダイスのパラダイスクルーズの船も小さく見えます。

この造船所の姿は横須賀汐入から出港している遊覧船、横浜シーサイドラインの車窓や八景島から見えます。

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[ 2009年09月09日 07:40 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

平潟湾

京浜急行金沢八景駅を出て国道16号線の横断歩道を渡ると見える入り江です。

平潟湾といい江戸時代の景勝地「金沢八景」のひとつ「平潟の落雁」です。現在は高架上にある横浜シーサイドラインの金沢八景駅や、次の駅までに湾の上を横断する車内から眺めるのがいいですね。

瀬戸神社前から伸びた参道と小橋で結ばれているのが琵琶島です。かつては琵琶の形をしていたとか。以前、2009.1.22 金沢八景 瀬戸神社 の記事ですでに紹介しましたが、北条政子が琵琶湖の竹生島の都久夫須麻神社から弁財天を勧請した琵琶島神社があります。

昔はもう少し湾も大きかったそうです。

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[ 2009年09月08日 07:23 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

護衛艦ひゅうが 大さん橋へ

ヘリコプター搭載護衛艦ひゅうがが横浜大さん橋へ寄港しました。今回の寄港の目的は首都圏直下型地震発生を想定し、護衛艦ひゅうがを臨時のヘリコプター離発着場として活用したり、艦内での医療活動の実施、負傷者の運搬など、ひゅうがの機能を活用した防災訓練のためです。
 

訓練は9月5日(土)に行われ、6日(日)はひゅうがの一般公開が行われました。大さん橋上にも大勢の観光客が集まっていました。

出港は午後6時、甲板に乗組員が整列して桟橋を離れていきます。

 

客船のような華やかさはないですが、とにかくデカイです。
 
 

ベイブリッジをくぐり横須賀基地へと帰って行きました。

大きな災害の時には機能を存分に発揮してもらいたいものです。

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[ 2009年09月07日 00:05 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

文京区音羽 今宮神社

今宮神社  (東京メトロ有楽町線江戸川橋駅徒歩5分)
〈御祭神〉天照大御神、素盞鳴尊、伊弉冉尊、誉田別尊、天児屋根命、大国主命、事代主命、速玉大神、少毘古那命、大宮比売命、猿田彦命

東京都文京区、音羽通りの前にある小さな鎮守様です。
元禄10年(1697)、徳川綱吉の生母 桂昌院の発願により、護国寺建立に併せて京都紫野の今宮神社を鎮座させました。その後、神仏分離令により明治6年(1873)に音羽地に遷座しました。京都の今宮神社は平安建都以前より疫神を祀り疫病や災厄を鎮め病気平癒のご利益がありました。明治12年には音羽の今宮神社でも虎烈刺病伝染除の祭典が執行されました。

ちょうど例大祭の日で、神社隣の駐車場では露店が並び、宮神輿もおもてに出されています。

土地柄、神社の額は鳩山由紀夫の祖父、内閣総理大臣 鳩山一郎の書です。

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[ 2009年09月06日 07:18 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

横須賀線 田浦駅

神奈川県横須賀市田浦町にあるJR東日本横須賀線の駅です。

三浦半島によくみられる丘陵地が雨水や湧き水により侵食して出来た谷の地形に駅があるため、ホームの両端がトンネルになっています。写真の逗子方面のトンネルは田浦トンネル。右側の下り線は明治22年(1889)、横須賀線開業時の建設。ちなみに左側の上り線は大正14年(1925)の建設。
 
 

横須賀方面は七釜トンネル。左側のトンネルは貨物の引込み線として倉庫や軍事施設の方へ延びていますが、現在は使用されている様子はありません。
 

トンネルとトンネルに挟まれているためホーム長はE217系電車11両編成には短く、写真のとおり先頭車輌+2両目の一番前のドアは開きません。

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[ 2009年09月05日 00:54 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(0)

横浜港シンボルタワー

神奈川県横浜市中区の本牧埠頭のD突堤に建っている、横浜港に入出港する船舶のための船舶通航信号所です。周囲はテラスになっていて双眼鏡も設置されています。管理運営は商船三井興産株式会社。

タワーの高さは48.19m。また36.5mのところには展望台が設置されており、高い位置から横浜港の様子を覗く事ができます。展望台へはエレベーターなどが無いため約140段の階段を登らなくてはなりません汗。タワー前の広場はイベントやコンサート会場としても使用されます。

展望台から眺めてみると。。。。
埠頭では商船三井のコンテナ船からコンテナを降ろしていました。
 
 

台湾のワンハイラインズ社のコンテナ船が横浜港を出港して行きました。

自動車運搬船前の桟橋は本牧海づり桟橋。

最近、工場萌えに評判な、扇島のJFEスチール(旧日本鋼管)の製鉄所。

対岸は君津の新日鉄の製鉄所など。

やはり夜もステキでしょうね。

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[ 2009年09月04日 07:46 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

金沢文庫 称名寺

金沢山 称名寺(京浜急行金沢文庫駅徒歩15分)

横浜市金沢区、京浜急行金沢文庫駅から静かな住宅街を歩くこと15分、惣門(赤門)がみえてきます。

称名寺の創建は、正嘉2年(1258)に北条実時が自らの居館内に建てた持仏堂が起源とされ、その後文永4年(1267)に栃木県の下野薬師寺の僧 審海を開山に招いて真言律宗の寺院となりました。現在はお寺全体が国指定の史跡になっています。

山門(仁王門)をくぐると見事な浄土式庭園が広がります。元応2年(1320)の完成。見渡す景色には高層マンションのような遮る物は見えません。

山門から橋を渡った正面にある金堂は天和元年(1681)の築、御本尊は弥勒菩薩像です。

駅名にもなっている金沢文庫は北条実時が建治元年(1275)ころに設立した、収集した政治、歴史、文学、仏教などに関わる書籍が収めた私設図書館です。北条氏滅亡後は称名寺が管理していました。現在の神奈川県立金沢文庫は称名寺大宝院跡に建っています。

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[ 2009年09月03日 07:29 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

松輪の黄金サバ

以前に 2009.5.26 [海35]探訪6 地魚料理 松輪 で紹介しました神奈川県三浦市、みうら漁協松輪支所直営のレストラン「地魚料理 松輪」。前回は季節外れでしたが、今回は今が旬の「松輪の黄金サバ」を食べに行きました。

三浦半島の南東端の松輪では、夏から秋に沿岸域に来遊するマサバの一本釣漁が盛んです。胴体から尾にかけて黄色い筋が入り、「松輪の黄金サバ」と称され、サバの中でも最高級品なんだそうです。

写真は「松輪のしめサバと炙りサバの盛り合わせ」。松輪のサバは肉付きが良く、脂がのって美味しいとの評判でしたがそのとおりでした。

「松輪サバ」は地域ブランドとして商標登録もされています。

地魚料理松輪(HP)  神奈川県三浦市南下浦町松輪264
京急バス海35系統松輪海岸バス停徒歩3分(剣崎バス停からも下り坂を歩いて徒歩10分程度です)
営業時間 11:00~16:00 火曜日定休

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[ 2009年09月02日 07:27 ] カテゴリ:グルメ~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)
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