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宝塚大劇場

大阪梅田から電車で40分。六甲山系東端の麓、武庫川の流れる街の兵庫県宝塚市、文字通り宝塚歌劇団の本拠地です。ここに2550席もある宝塚大劇場、526席の小劇場 宝塚バウホール、宝塚音楽学校があります。

阪急宝塚駅前から劇場入口まで続く「花のみち」。道中に「ベルサイユのばら」をモチーフにした銅像がありました。

劇場入口を入ると、大劇場改札はまだ奥です。途中、お土産物やグッズの販売店、レストランなどがあります。東京日比谷の東京宝塚劇場とは比べ物にならないぐらい広いです。
 

右側には武庫川に面したテラスがあります。旧大劇場にも同じようなスペースがありましたが大好きな場所です。宝塚はもともと温泉地で対岸には旅館やホテルが多かったですが、今では宅地化されマンションばかりです。

プチミュージアムでは舞台衣装、スターの手形、写真の展示の他、フィナーレの羽根を背負って大階段のレプリカの前で写真が撮れます。

現在の大劇場は平成5年(1993)1月開場、ホワイエも東京に比べたらものすごく広いです。
 
 

この日は星組の柚希礼音、夢咲ねねの男役女役両トップお披露目公演になる 『太王四神記 Ver.II』の初日でした。もちろん満席です。

今年で宝塚歌劇は創立95周年。大阪や神戸の中心街からけして近いとは言えない街に2500人クラスの立派な劇場を構えつつ興行が維持できる阪急電鉄もすごいです。

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[ 2009年06月30日 07:57 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(4)

yukimi’s blog in 関西

いつもyukimi’s blogをご覧いただきありがとうございます。
当ブログをご覧頂いている方から、関東から飛び出してyukimiなりの違う街の記事も見てみたいというお話を頂戴いたしました。
ということでやってみました、「yukimi’s blog in 関西」。関西在住の方からみると「こんなネタ、今更見ても」と思うかも知れませんが、都内や三浦半島、南房総と同じスタンスで書いてみました。相変わらず寺社あり、グルメあり、乗り物ありといった感じになると思います嬉しい顔

今後、ちょくちょく登場しますが 「どうぞ、ごひいきに」。写真は夜の道頓堀。

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[ 2009年06月29日 17:58 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

七里ガ浜 夕暮れサーフィン

毎度のことながら七里ガ浜です。もう昨年末から何度訪れたことでしょうか(笑)。

さてどのお店で夕飯を食べて帰りますかなカレー嬉しい顔

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[ 2009年06月28日 23:25 ] カテゴリ:相模湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

鶴見線 国道駅

JR鶴見線国道駅は駅前を国道15号線(第一京浜)が通っていることから付けられました。昭和の面影を残す駅として有名ですが、駅入口の右側には太平洋戦争で米軍機の銃撃で被弾した弾痕も残っています。

ホーム下の自由通路の光景です。昭和の面影というよりも。。。。

改札口前の飲み屋さんは開いていました。焼き鳥美味しそう。

国道駅を出発すると鶴見川を渡ります。かつては左の写真の通り、コンクリートの優美なアーチ橋でしたが、現在の橋はご覧の通り高い柵が付いて走っている電車も判らないような残念な橋です。

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[ 2009年06月27日 00:01 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(2)

鶴見線 本山駅跡

横浜市鶴見区、JR鶴見線が始発駅の鶴見駅を出発して横須賀線、京浜東北線、東海道線をまたぐ鉄橋の手前に本山(ほんざん)駅のホーム跡があります。

鶴見線の全線が開通は昭和5年(1930)、当時は鶴見臨港鉄道といい、浅野財閥を築きあげた浅野総一郎が中心になり京浜工業地帯の輸送を目的に設立された鉄道です。本山という駅名は駅前の曹洞宗大本山総持寺からきています。

駅が廃止になったのは昭和17年(1942)12月、現在、ガード下は川崎鶴見臨港バスの車庫となっていますが階段の形が残っています。

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[ 2009年06月26日 05:05 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(0)

ホンモノの総持寺

諸嶽山 總持寺  (JR京浜東北線鶴見駅徒歩5分)

総持寺はかつては石川県輪島市にありました。奈良時代に行基によって開基された諸嶽寺という寺院が、元亨元年(1321)に曹洞宗の寺院となり、現在の山号、寺名になりました。しかし明治31年(1898)4月、本堂からの出火が折りしものフェーン現象の余波を受け、伽藍の殆どを焼失してしまい、明治44年(1911)に今の神奈川県横浜市鶴見区に移転されました。

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福井県の永平寺とならび曹洞宗の大本山である総持寺の寺域は約10万坪、多くの伽藍や鶴見大学などの関係教育機関もあります。

三松閣  地上四階、地下二階の大きな建物には、檀信徒研修道場、各種セレモニーの会場、宿泊施設が整っています。石原裕次郎23回忌法要のため国立競技場へ「出張」されるのはここの4階大講堂にお祀りしている釈迦如来坐像だそうです。

 

香積台  拝観・墓地・法要・参拝等の総受付や売店・休憩所があります。建物の中、中央廊下のつき当たりに日本最大といわれる木彫の大黒尊天が祀られています。

待鳳館  昭和32年(1957)に千駄ヶ谷の尾張徳川家旧書院を移築。 迎賓館として使われています。

向唐門、大正14年(1925)築です。

放光堂  明治44年に総持寺が能登から移転された際に最初に法要が執り行なわれた建物。安政年間に山形・鶴岡の総穏寺本堂として建立されたものですが、總持寺移転に際して献納されました。
 

仏殿  本尊である釈迦如来像が祀られています。

そしてこちらも石原裕次郎23回忌法要の件で話題になっているのがこの大祖堂。高さ36メートル、瓦葺形の銅版屋根の重さは53トン、内部は千畳敷の広さで昭和40年(1965)竣工。本山開祖・太祖 瑩山禅師(諡号 常済大師)と高祖 道元禅師、二祖 峨山禅師ほか、歴代の諸禅師の頂相を安置し、あわせて諸尊牌を奉祀する靈場となっています。982坪の地下は瑞応殿と呼ばれる客殿となっています。 写真では分かりにくいですがとにかくデカイです。
 

石原裕次郎のお墓は境内墓所の一角にあります。

總持寺(HP)
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[ 2009年06月25日 07:33 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

本門寺あんぱん

東急池上線池上駅前の踏切を渡り、本門寺と反対側に行くと一つ目の信号の角にプチ・ドルフィンというパン屋さんがあります。

有名なのは「本門寺あんぱん」。池上にお店を出した時に本門寺から許可を得てつけた名前なんだそうです。左がつぶんあん、右がこしあんです。
さらに写真奥は生地にクルトンをまぶして揚げたカレーパン「本門寺カレー」。本門寺執事長からす薦められた名前です。

早朝より作りたてのパンが順次並び、特に本門寺あんぱんについては朝一番の焼き上がりタイムは6時で、1日20回位焼き立てが出るそうです。

プチドルフィン  東京都大田区池上6-10-12  東急池上線池上駅徒歩2分
営業時間 : 5:00~20:00  木曜日定休

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[ 2009年06月24日 07:34 ] カテゴリ:グルメ~都内スイーツ | TB(0) | CM(0)

あじさい橋

紫陽花といえば、城之内早苗「あじさい橋」。我が家のCDボックスの中を探したらありました。
おにゃン子クラブ初の演歌でのソロデビューでしたが、昭和61年(1986)6月発売のデビューシングル「あじさい橋」はオリコンチャートで演歌初の初登場1位でした。

写真は昭和62年元日発売のファーストアルバム「冬芝居」。「あじさい橋」、セカンドシングルの「流氷の手紙」などなど。個人的に一番のお気に入りは「代官山ラブストーリー」かな。誰も知りませんね(笑)。

「あの人と この橋の あじさいのは~な~♪」

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[ 2009年06月23日 07:55 ] カテゴリ:お宝 | TB(0) | CM(0)

行合川のカルガモ親子

江ノ電七里ヶ浜駅を出てすぐの所に行合川が流れています。橋の上から上流方向、江ノ電の鉄橋の方の川の中の茂みにカルガモの親子を発見。
 

母ガモが泳いだり、茂みでエサを食べたりしている姿に、子供達がずっと付いてきていました。

行合川は流れが速いですが、川床がコンクリートの段差になっている所は更に流れが速いため、子ガモも流されないように必死に泳いでいました。

上空にはカラスやトンビが多いので、無事に巣立ってほしいです。

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[ 2009年06月22日 07:19 ] カテゴリ:季節~夏 | TB(0) | CM(2)

鎌倉プリンスホテルの紫陽花スイーツ

七里ヶ浜を見下ろす鎌倉プリンスホテルのラウンジあじさいです。窓の外にも紫陽花が植えられていますね。

ひと休みのおやつは「あじさい風モンブラン」です。6月中の限定メニューです。表面の紫は紅芋で、その上にのっているツブツブはブルーベリー、緑の葉はチョコレートです。

ホテルの入口から海をみると潮騒坂、江ノ電と海のお馴染みの光景です。

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[ 2009年06月21日 08:16 ] カテゴリ:グルメ~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

成就院

成就院  (江ノ電極楽寺駅徒歩5分)
鎌倉の紫陽花といえば北鎌倉の明月院と並んで有名な真言宗のお寺ですが、由緒は、かつて弘法大師が訪れ、この地で数日間、護摩供養を行ったという霊跡に、承久元年(1219年)に鎌倉幕府第三代の執権北条泰時が本尊に不動明王を祀り普明山法立寺成就院と称した寺を建立したと言われています。

紫陽花の時期は多くの人が詰めかけますが、山門やお堂も小じんまりしたお寺で境内は大賑わいでした。お寺は極楽寺坂切通しの坂道の上の方にあります。

坂道から山門前の急坂の周りに紫陽花が植わっているわけですが、とにかく人、人。。。お正月でもこんなに人出はないだろうなあ。

坂を上り、振り返るとご覧の通りの定番の風景です。

10分間だけ独り占めしたい空間でした。休日はもっと混むのだろうなぁ。

成就院(HP)
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[ 2009年06月20日 08:07 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

長谷観音

海光山長谷寺(長谷観音) (江ノ電長谷駅徒歩5分)

鎌倉長谷にある浄土宗の寺院です。御本尊は十一面観音で通称「長谷観音」とよばれています。

寺伝によると、養老5年(721)に徳道上人は楠の大木から2体の十一面観音を造り、その1体を本尊としたのが奈良の長谷寺であり、もう1体を祈請の上で海に流しました。その15年後の天平8年(736)に三浦半島長井に流れ着き、鎌倉に安置して開いたのが起源といわれています。
観音堂に安置されている現在造立の十一面観音像は創建当初の像とは言い難く製作時期は不詳ですが、高さ約9mで国内最大級の木彫仏です。

境内は山門や本堂のある山の麓の「下境内」、観音堂や鐘楼のある中腹地の「上境内」に分かれ、上境内の見晴台からは材木座海岸や逗子マリーナ方面の眺めがキレイです。

境内には四季折々の草花や木々を楽しめます。

特にこの季節は上境内の後ろの眺望散策路にある紫陽花ですね。約2500株が斜面に群生しています。
 

カワイイお地蔵さんは境内のどこかにいます。探してみて下さい(笑)。

長谷寺(HP)
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[ 2009年06月19日 10:48 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

やはり行ってしまいました鎌倉へ

近場の紫陽花に飽き足らず、行かないと言っていたのにやはり行きました鎌倉へ。江ノ電最古参300系電車の行き先プレートも紫陽花バージョンに。

まずは長谷駅下車の御霊神社です。近隣の成就院や長谷寺の紫陽花に比べれば株数は少ないですが、成就院と長谷寺との中間にあるので人出は多かったです。そんな中で一番皆さんがカメラを向けていたのは。。。。

神社前を走る江ノ電と脇の紫陽花です。接触事故の無いように、ガードマンも動員されていました。
hideさんの苦労が分かりました。鉄ちゃんや宝塚のファンの方が格段に行儀いいでしょう。

神社前の踏切はあまりにも人が多かったので、ちょっと離れた所から。。。

御霊神社前の道を成就院方向に向かった所、力餅屋横のポストも紫陽花に囲まれていました。

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[ 2009年06月18日 07:28 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

文京区 白山神社

白山神社(文京区) (都営地下鉄三田線白山駅徒歩3分)
〈御祭神〉菊理姫命、伊弉諾命、伊弉冉命

東京都文京区にある白山神社は、天暦2年(948年)に加賀の白山比咩神社から勧請を受け、本郷一丁目付近に創建されました。後に元和2年(1616)に徳川秀忠の命で、巣鴨原(現小石川植物園内)に移り、その後将軍職につく前の館林藩主徳川綱吉の屋敷の造営のため明暦元年(1655)に現在地に再度移りました。

社殿ですが間近に大きな木が立っているのでちょっと分かりにくいかも。

境内と隣接の公園には約3千株の紫陽花が植わっており、ちょうど文京あじさい祭りが開催され、賑わっていました。


神社の背後は東洋大学の立派な校舎です。

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[ 2009年06月17日 07:03 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

横須賀線 横須賀駅

JR横須賀線が、起点の神奈川県鎌倉市の大船駅からこの横須賀駅まで開通したのが明治19年(1889)の6月16日。今日でちょうど開業120周年になります。
現在の駅舎は昭和15年(1940)築です。入口には軍港の街らしくカモメとイカリのシンボルマークが掲げられています。

かつては海軍や戦後の駐留米軍への物資輸送で賑わった駅ですが、街の繁華街は京浜急行の横須賀中央駅の方が栄えているため、ひっそりしています。
ホームは1面です。1番線は欠番でホーム上は2番線と3番線。2番線は当駅止まりのため、久里浜方面の電車は3番線のみしか使えず、実質単線です。

久里浜から電車が来ました。複線に見えますが右は留置線の線路です。トンネル内で本線とつながり、トンネルの向こう側の出口は単線です。
 

ホームから海を見ると米海軍の艦船が。

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[ 2009年06月16日 07:09 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(0)

六郷用水跡

六郷用水とは東京都狛江市の多摩川を水源とし、世田谷区、大田区を通る、慶長2年(1597)から十数年かけて開鑿された灌漑用水のことです。

現在は宅地化により用水路は殆ど埋め立てられるか下水道になってしまいましたが、東京都大田区中原街道の丸子橋のたもとから東急多摩川線沼部駅付近や新幹線、横須賀線のガードを越えた鵜の木方面まで用水を復元した遊歩道があります。


灌漑用水として活用されていた時代とは趣はだいぶ違うでしょうが、清らかな水が流れています。水源も流路が途絶えた現在は一部、用水沿の崖から出る湧水を使っています。この遊歩道内に2ヶ所、東京都選定の「東京の名湧水57選」に選ばれた湧き水があります。
沼部駅と中原街道の間、通称「三菱山」の崖下からの湧水。
  

沼部駅近く、 六郷用水沿い洗い場跡の湧水。

用水の中には大きな鯉や亀が。
 
 

この遊歩道は桜並木としても知られていますが、緑の季節も気持ちいいです。

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[ 2009年06月15日 08:55 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

多摩川台公園の紫陽花

さて梅雨入りで紫陽花の季節になりましたが、鎌倉のキレイな紫陽花はhideさんのブログ「湘南鎌倉 今日もいい天気」で十分堪能できますから、こちらは近場の多摩川台公園の紫陽花です。

東京都大田区、東急東横・目黒・多摩川線の多摩川駅横の高台にある多摩川台公園は、春はお花見スポットで有名ですが、この季節はあじさい園の紫陽花が咲き誇ります。

 

昭和62年(1987)に公園の一角に開設されたアジサイ園には3千株のアジサイが植えられ、品種も様々、7種類ほどあるそうです。




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[ 2009年06月14日 06:53 ] カテゴリ:季節~夏 | TB(0) | CM(0)

シウマイ弁当

横浜の美味しい名物といえば崎陽軒のシウマイ。久しぶりにシウマイ弁当を食べてみました。
昭和29年(1954)に登場したシウマイ弁当の中はシウマイの他、から揚げ、味がよく凍みた筍煮、鮪の照り焼、玉子焼き、あんず等が入っています。

横浜、川崎市内を中心に駅のホームや駅ビル等に多くの売店がありますが、写真は東急東横線横浜駅内の売店です。

昭和29年登場時の価格は100円。現在は780円(税込)です。

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[ 2009年06月13日 07:44 ] カテゴリ:グルメ~もろもろ | TB(0) | CM(0)

東京湾フェリー 夕景

浦賀水道、千葉県富津市側の金谷港で出航待ちの東京湾フェリーからの写真です。
 

東京湾フェリーのホームページには夕日をタイミングよく見られる便の時刻が親切に載っていますが、この日は丁度日没の方向が曇っていましたがっかりした顔
 

かろうじて見えた夕日です。

また雲の無い日に行ける様、チャレンジします。

JR東日本が高速道路料金値下げに対抗して、夏休みと秋の連休に2日間5000円で乗り放題の割引切符を発売しますが、東京湾フェリーや久里浜駅からフェリー乗り場までの京急バスにも乗れるとのこと。 ゴールデンウィークの うみほたる みたいに東京湾フェリーも多くの人に乗船してもらいたいものです。

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[ 2009年06月12日 07:21 ] カテゴリ:東京湾フェリー | TB(0) | CM(2)

見波亭の黒糖まんじゅう

千葉県浜金谷の「ご当地お菓子」第2弾。
東京湾フェリー浜金谷港横にある大型マーケットプレイス「ザ・フィッシュ」内、お菓子の手造り工房『見波亭(みなみてい)』。前回はバウムクーヘンでしたが今回は黒糖まんじゅうです。黒糖まんじゅうにもオリジナルの工房があります。

しっとりとしたまんじゅうの餡は厳選北海道十勝産小豆、皮には沖縄産黒砂糖やはちみつを練り込んであります。 生地の仕込みには房総の名水(志駒の天然水)を使用するなど、全て無添加・無着色・保存料不使用です。
 

6個入り箱580円、12個入りは1155円です。売店では1個から売ってますよ。

見波亭(HP)
千葉県富津市金谷2288 ザ・フィッシュ内
営業時間:9:00~18:00  無休

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[ 2009年06月11日 07:32 ] カテゴリ:グルメ~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

京急蒲田駅の修悦体

東京都大田区、京浜急行の京急蒲田駅はいま大規模な高架化工事中です。写真は駅前にある工事広報室に設置してある完成時の模型で、左が京急川崎方面、右が品川方面、下が羽田方面になります。

京急蒲田駅は空港線の始発駅。空港線といいながらもかつての終着駅は空港のある埋立地の手前にあり、アクセス機能は全くなく電車の本数も少なかったです。しかし羽田空港拡張、空港線の空港ターミナルビル下への乗り入れにより、品川、横浜方面からの直通列車運行により本数増加していきました。

また空港線と国道15線(第一京浜)や本線と環状8号線との交差する京急蒲田近辺の踏切は、国土交通省に「ボトルネック踏切(開かずの踏切)」として指定され、交通渋滞の原因も問題視されていました。

ブルーの建物をみると橋上駅舎のようにみえますが、現在の改札口は右側の建物から地下に入ったところにあります。

開かずの踏切のひとつ、環状8号線の踏切は平成20年(2008)に、先駆けて上り線だけ仮線を作り高架にしました。かつて平成13年(2001)2月に森首相は石原知事と共にここをを視察しました。その後、国庫補助が増えたかどうかは?ですが(笑)。とりあえずは40%ほど遮断機が降りる時間が削減されたそうです。

今回はBassmanさんのブログ「From Basshead For」に誘発されて書いた記事なんですが、ほぼ同じ場所で第一京浜の踏切を撮影しているのに明確に違う部分があります。

答えは、当blogの写真では、踏切上に第一京浜をまたぐ下り線(空港方面)の鉄橋が架けられているんです。この記事をUPする頃には上り線の鉄橋も架けられているでしょう。右の写真には深夜に行われる工事にむけて巨大クレーンとワイヤーで結ばれている上り線の鉄橋が見えます。実際に見ると本当にデカイ、クレーン車でした。

長々と高架化工事の話ばかりしてしまいましたが、今回の記事のメインにしたかったのは工事ヶ所の鉄壁に描かれている独特の書体の案内板。「修悦体」と呼ばれ、某警備会社の社員 佐藤修悦氏の作品で、ビニールテープとカッターで作られています。今までにもJR新宿駅、日暮里駅、高円寺駅で見られました。
 

「修悦」の落款もついているんですね。

京急蒲田駅では今のところ西口外の通りに2作品あります。

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[ 2009年06月10日 07:20 ] カテゴリ:駅探訪~東京23区 | TB(1) | CM(4)

明神下 みやび

神田明神境内の東側に石段があります。明神男坂と呼ばれる石段をおりたところにお店はあります。
「明神下 みやび」といえば都内のデパ地下や羽田空港で売っているお弁当を食べた方もおられるかもしれませんが、私もかつて勤めていた会社の社員食堂が休業の日は、管理部門の特権でお弁当を選んでいましたが、雅のお弁当はどれも美味しかった記憶があります。

この明神下本店ではお弁当の販売のほか、丼物や天ぷらなどのお食事も楽しめます。お昼にお伺いしましたが、写真は上天丼です。

本店の料理長は元キャピトル東急ホテル天麩羅部門を担当していた方なんだそうです。

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[ 2009年06月09日 07:14 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

江戸総鎮守

神田神社(神田明神)  (JR中央線・総武線、東京メトロ丸の内線御茶ノ水駅下車徒歩5分)
〈御祭神〉大己貴命、少彦名命、平将門公

東京都千代田区外神田2丁目、本郷通りを挟んだ湯島聖堂の北側にあります。正式名称は神田神社といい、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など109ヶ町会の総氏神です。
創建は天平2年(730)で当初は千代田区大手町の将門の首塚周辺に鎮座していました。江戸時代、江戸城増築に伴い現在の場所に遷座し、江戸城の鬼門除けの役割を果たしております。

本殿は昭和9年(1934)築の鉄骨鉄筋コンクリート造で東京大空襲にも耐えました。

正月の仕事始めの日には、大手町や丸の内、近隣の超有名企業、金融機関の支店の重役さんの方々が初詣に来てお祓いをうけていました。そのときは事前に時間を予約しておくそうです。

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[ 2009年06月08日 07:26 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

明治神宮御苑の花菖蒲

毎月訪れている明治神宮ですが、今回は御苑にも立ち寄ってみました。

原宿駅側から本殿への参道を囲む木々の左奥に広がる御苑は、かつて江戸時代初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園で、明治時代には宮内省直轄となり代々木御苑と称されました。

御苑の最奥には井戸があります。湧水量は毎分160リットルあり清正井(きよまさのいど)と呼ばれ、加藤清正が自ら掘ったと言われています。

井戸から湧き出た水は菖蒲田を潤し、池に流れていきます。6月に入り花菖蒲が咲いてました。

明治神宮の菖蒲田は、明治天皇が昭憲皇太后のために植えさせられたもので、現在も職員の方の手入れにより今の時期にはキレイな花を咲かせています。


まだつぼみが多かったのでまだまだこれから多くの花が見られるでしょう。

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[ 2009年06月07日 08:40 ] カテゴリ:季節~夏 | TB(0) | CM(2)

聖橋

東京都千代田区と文京区の境、JR御茶ノ水駅東口(聖橋口)横の神田川に架かる鉄筋コンクリート造のアーチ橋です。近くに湯島聖堂やニコライ堂などの聖堂が近くに建つ事から、聖橋と名づけられました。

聖橋は関東大震災後の震災復興橋梁の1つとして昭和2年(1927)に完成した。設計・デザインは新潟市の万代橋も手がけた建築家山田守、成瀬勝武(内務省復興局橋梁課筆頭技師)です。

夜間ライトアップもされています。 
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[ 2009年06月06日 22:20 ] カテゴリ:建築探訪~その他 | TB(0) | CM(2)

御茶ノ水駅

東京都千代田区、JR中央線、総武線の御茶ノ水駅です。東京メトロ丸の内線御茶ノ水駅駅は神田川を隔てた右側です。

駅舎はホームの前後にある神田川に架かる橋に向けてあります。西側にある御茶ノ水橋口と東側にある聖橋口。後ろの建物は東京医科歯科大学です。

ホームは崖と神田川に挟まれた狭い場所にあるためホーム幅も細いです。東側には淡路町方面へ向かう人のための下車専用の出口があり朝のラッシュ時だけ開けられます。主に目の前の日立製作所御茶ノ水ビルの社員の人が利用していましたが、日立の本社は丸の内に移転し、現在では解体中です。

御茶ノ水駅の開業は明治37年(1904)、中央線の前身でもある甲武鉄道の駅として誕生し、昭和7年(1932)に総武線が乗り入れが始まったときには、狭いながらも同じホームで同一方向の快速と普通電車が乗り換えられるような現在のの構造になりました。
丸の内線の御茶ノ水駅が開業したのは昭和29年(1954)です。また神田川を渡って淡路町まで開業したのは昭和31年、増水時のためにトンネル入口には防水扉があります。

緑と水に囲まれて気持ちのいい環境にある駅です。でもバリアフリー化に難点が。。。

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[ 2009年06月06日 07:29 ] カテゴリ:駅探訪~東京23区 | TB(0) | CM(0)

湯島聖堂

東京都文京区湯島1丁目、JR中央線御茶ノ水駅からみえる塀に囲まれたお寺のような神社のような黒塗りの建物群があります。

起源は元禄3年(1690)、徳川綱吉により、儒学者 林 羅山 が上野忍が岡の私邸内に建てた孔子廟を移築されたもので、綱吉は孔子廟およびそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めさせました。それから100年後の寛政9年(1797)になると林家の管理下からはなれ、官立の昌平坂学問所が設置されました。

明治元年(1868)、聖堂は明治政府により接収され、学問所は昌平学校とし、日本初の大学校・医学校を設立され、「日本の学校教育発祥の地」と呼ばれています。湯島聖堂の構内に文部省、国立博物館(現東京国立博物館及び国立科学博物館)、東京師範学校(現筑波大学)及び附属学校(現筑波大学附属小学校、筑波大学附属中学校・高等学校)、東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)及びその附属学校(現お茶の水女子大学附属中学校・高等学校)が一時同居していたことがあります。また学問所跡の敷地は東京医科歯科大学湯島キャンパスとなっています。

入徳門は宝永元年(1704)建造で、湯島聖堂のなかで唯一罹災を免れ現在まで残っている建物です。漆塗りたてでかぶれるから近寄らないようにと注意書きがありました。

手水舎と杏壇門。門の両脇には合格祈願の絵馬がさげられていました。

孔子を祀る大成殿です。江戸の大火や震災に見舞われ、現在の建物は昭和10年(1935)築。

屋根の飾りは鬼犹頭(きぎんとう)といい、鯱みたいなもので潮を吹き上げている姿です。想像上の神魚で、水の神として防火のために祀られています。 降棟にいて見張っているのは鬼龍子(きりゅうし)。 神社の狛犬と同じく悪鬼邪神が内部に入って来ないように見張っています。

敷地内にある孔子像は世界最大。昭和50年(1975)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものです。

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[ 2009年06月05日 07:17 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

等々力不動尊

瀧轟山明王院(等々力不動尊) (東急大井町線等々力駅下車徒歩8分)

等々力渓谷横の遊歩道を、等々力駅近くから南に歩いていくと、等々力不動尊の境内に通じています。等々力不動尊は、大井町線の北側、東京都世田谷区等々力4丁目にある真言宗智山派満願寺の別院になります。

平安時代後期、真言宗中興の祖である興教大師・覚鑁(かくばん)上人が、役の行者作の不動明王から夢で「武蔵野國、調布の陵に結縁の地がおる。永くその地に留まり衆生を済度せん。」と告げられ、不動明王を背負って東国へ向かいました。そして武蔵野国に入ると夢で見た風景と全く同じ場所を発見し、その不動明王を安置したのが由縁です。
正面本堂後ろの奥之院に役の行者御作の秘仏不動明王が安置されています。

山門は満願寺から移築した江戸時代のものです。

興教大師が手に持っていた錫杖で岩を穿つと、清らかな滝が溢れ、水しぶきの中に金色に輝く三十六童子が現れたそうです。それ以来、滝はかれることなく不動尊利剣の滝とし修行の道場として今に受け継がれています。これくらいの水量なら滝に打たれても平気かな。
 

山門の前は目黒通りです。坂を下りたところが多摩川の土手、多摩堤通りになっており、行き止まりです。写真では見難いですが向こうには、左に横浜みなとみらいのランドマークタワー、右に新横浜プリンスホテルが見えます。冬には富士山がキレイだと思います。

満願寺・等々力不動尊(HP)

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[ 2009年06月04日 08:13 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(1) | CM(0)

等々力渓谷

東京都世田谷区、等々力渓谷です。東京都23区内では唯一の渓谷であり、崖の上は宅地化されるも、自然の木々に覆われる中を清流が流れています。

東急大井町線等々力駅を出て二子玉川方面に向かって左側に3分ほど歩くと、橋の下に渓谷に下りる階段があります。階段を下りると駅前の賑わいとは別世界です。





ちなみに川崎フロンターレのホーム、等々力陸上競技場は多摩川を隔てた神奈川県川崎市にありますので、東急大井町線等々力駅からは行けません。よく間違える人が多いんだそうです。

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[ 2009年06月03日 06:38 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

金萬

秋田に行った友人からお土産にいただきました、秋田銘菓「金萬」。

雰囲気は小さめな大判焼きという感じです。食べてみるとカステラ風で中身は白あんでした。

ユーモラスなご当地CMがあるそうですが、味は確かに『リコ!金萬!』でした。←秋田の人には分かりますね。

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[ 2009年06月02日 12:05 ] カテゴリ:グルメ~もろもろ | TB(0) | CM(0)
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