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増上寺

三縁山 増上寺
芝に広大な伽藍を持つ増上寺の開山は明徳四年(1393)。元々の場所は千代田区平河町、麹町辺りといわれ、戦国時代にかけて浄土宗の東国の要として発展していきました。徳川家の菩提寺となったのは天正十八年(1590)。徳川家康公が当時の住職 存応上人に深く帰依したためと伝えられています。
現在の芝に移転したのは慶長三年(1598)で江戸時代に入ると、徳川家康公の手厚い保護もあり、隆盛を極めました。

浜松町駅北口から増上寺前に延びる道路を歩いて250メートルほど。自動車が通る道に建っている門が、増上寺の総門・表門にあたる大門です。現在の門は昭和12年(1937)にコンクリート製に作り直されたものですが、旧大門は慶長3年(1598)に増上寺が芝に移転した際、江戸城の大手門を、徳川家康公より寺の表門として譲られたものです。

日比谷通り前にある大きな三解脱門は空襲の難を逃れた建物のひとつで、2階内部には、釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されています。国の重要文化財に指定される東京都内最古の建築物で、元和八年(1622)に建立。

増上寺の伽藍の中でもひと際大きいのが大殿。昭和49年(1974)に再建されました。堂内には室町時代製作の御本尊の阿弥陀如来のほか、両脇壇に高祖善導大師と宗祖法然上人の像が祀られています。

大殿の右にある安国殿は、恵心僧都の作と伝えられる阿弥陀如来の秘仏黒本尊が祀られています。黒本尊は徳川家康公が御加護により災難を除け、戦の勝利を得たということで、勝運・厄除けの仏様として崇敬されています。
増上寺の南端にある台徳院霊廟・惣門は、寛永9年(1632)の造営。2代将軍徳川秀忠の廟所。芝の徳川家霊廟の中で、最大かつ壮麗な建築群を誇っていましたが、空襲で焼失を免れたのは惣門、勅額門、御成門、丁字門のみでした。惣門以外の門は埼玉県所沢市の狭山山不動寺に移築されて現存します。以前に当ブログで紹介した狭山不動尊の記事に写真が一部写っています。2008.7.10 狭山不動尊 の記事

安国殿の背後には徳川将軍家の墓所があります。「鋳抜門」とよばれ、文昭院殿(六代将軍 徳川家宣公)霊廟の宝塔前の中門であったものです。

広大な大殿前の広場ではコンサートも開かれます。かつて増上寺でコンサート中の吉川晃司が、ザ・ベストテンの中継で歌っていたのを思い出します。

クリックして下さい⇒ 増上寺(HP)

[ 2009年03月28日 07:17 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)
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