yukimis blog

それが、yukimiクオリティ。ほとんど、ソロ活。
yukimis blog TOP  >  2008年10月

松代 城下町

10万石の城下町松代、江戸時代に真田信之が上田城から松代藩主として移った後は、真田氏10代が城主として幕末までこの地を治めていました。
松代城址です。戦国時代、武田信玄が上杉謙信の攻撃に備え、山本勘助に命じて築城しました。

真田邸 9代藩主の母・お貞の方(貞松院)の居宅として元治元年(1864)に建てられました。松代城跡のうち唯一残った建物です。 現在は全面改修工事中で土蔵等一部のみの公開です。

文武学校 藩士・子弟の学問・武芸奨励のため、8代藩主・真田幸貫によって発案、9代藩主・真田幸教によって、嘉永6年(1853)に完成、安政2年(1855)に開校しました。

街を散策しますと他にも至る所に武家屋敷の面影が見られます。
 
 
 

明治薬科大学創学者 恩田重信の生家です。父親は真田家の家臣でした。

松代には城下町の面影を辿る他にもまだまだ見所がありますよ。明日につづく。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月31日 06:14 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

長野電鉄屋代線 松代駅

長野市松代町にある松代駅は長野電鉄屋代線の中間の駅で唯一、日中に駅員のいる駅です。駅舎も木造ながら他の駅に比べたら立派なほうです。
松代は松代藩真田家10万石の城下町でもあり史跡も多くあります。
 

ホームも3番線まであります。

太平洋戦争末期には、松代大本営建設のために貨物輸送に利用されていました。そのために留置線が敷設され、駅構内も広々としています。

1日当たりの乗車人員は300人程度ですが、城下町散策の観光客が見受けられました。

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印)  

[ 2008年10月30日 06:13 ] カテゴリ:駅探訪~信越 | TB(0) | CM(0)

長野電鉄屋代線 東屋代駅

今日から長野ネタです。yukimi’s blog では「2008.4.28 ちょっと昔の長野電鉄」以来ですが、実際に長野を訪れた記事をUPするのは初めてです。東京駅から長野新幹線でGO!

.
まずは長野電鉄屋代線沿線のお話。長野電鉄屋代線は、しなの鉄道との乗換駅の屋代駅(旧信越本線屋代駅)から、長野電鉄長野線との乗換駅須坂駅を結ぶ24.4kmの路線です。
その屋代から一つ目の駅、長野県千曲市にある東屋代駅です。現在は終日無人駅ですが駅舎をみるとかつては民家の一部が駅務室だった感じですね。
 
 
 

電車到着数分前なのに乗客は誰もいませんでした。
 

かなりノスタルジックですが、到着した電車は日比谷線!!
 

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印)  

[ 2008年10月29日 06:14 ] カテゴリ:駅探訪~信越 | TB(0) | CM(0)

天婦羅 葉むら

久留和海岸バス停からちょっとだけ南に向かって歩くと海側にある天婦羅のお店、「葉むら」。
以前、とある知人に浦賀の叶神社に行ったら、お昼は美味しい天ぷらが食べたいと希望を言われた時に、ネットで偶然見つけました。しかしクルマの運転をしない私にとっては中々いきづらい場所ですが、思い切って逗子駅よりバスで頑張って行きました。

ランチのコース。まずはエビ、お魚はセイゴです。

生うにの磯部揚げ、大きなホタテ貝。

アスパラガス。最後にかき揚は小エビ、小柱がギッシリ、このままご飯とは別々に、又は天丼仕立てにもしてくれます。

この他に間に、銀杏やマイタケの天婦羅も頂き、最後に抹茶シャーベットでフィニッシュ。盛り沢山でした。わざわざ訪れてみてよかった、よかった。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ食べログ グルメブログランキング

注)夜は予約制です。 
天婦羅葉むら(HP) 神奈川県横須賀市秋谷4293
横須賀線逗子駅又は京急逗子線新逗子駅から、京急バス長井、横須賀市民病院、大楠芦名口行きで久留和海岸バス停下車徒歩1分
営業時間 昼 12:00~14:00  夜 17:00~20:00(OS)   月曜日定休

[ 2008年10月28日 06:14 ] カテゴリ:グルメ~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

久留和漁港

私はクルマを運転しないので、三浦半島でもどちらかというと東京湾側の電車で行きやすい方面が多かったですが、最近相模湾側にも行きたい衝動に。。。
今回は、逗子駅から京急バスで葉山方面へ。
御用邸や長者ヶ崎も越え、更に国道134号線を南下した久留和漁港バス停で下車。海岸を見下ろすとこんな感じです。

港の向こうには好天だと富士山や夕陽がきれいなスポットですが、この日は曇り空、景色が全体的にグレーでしたくもり
 
 
 

漁港の横は砂浜が続き、先にはり出している岬は長者ヶ崎です。

やはり晴天の日や夕焼けのキレイな日にまた来て見たいなあ。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月27日 06:10 ] カテゴリ:相模湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

アメリカ海軍専用改札口

京浜急行逗子線神武寺駅です。

改札口は上り線ホームから踏切を渡って、私が撮影している側にあります。が、反対側にも駅舎らしいものが。。。

これは京急逗子線の真横に広がる米海軍池子住宅の住人向けの専用改札口です。今年の10月1日より使用開始となりました。
逗子市が昭和59年(1984)に池子弾薬庫跡地を米軍住宅受け入れの条件として国に要望した条件の一つで、在日米軍駐留経費(いわゆる、思いやり予算)により、駅前の整備もあわせて約1億2千万円かけたそうです。これまで池子住宅地区から神武寺駅に行くためには、正門から駅まで迂回し約1kmくらい距離がありました。そのため逗子市も電車を利用する米軍関係者が増えることで、駅周辺の交通渋滞緩和につながることを期待しているそうです。

一般客はもちろんこの駅舎からは出れないので、京浜急行が掲げている注意の看板の他に、米軍からの警告の看板も。文章を見るとちょっと緊張します。

警告
立ち入り制限区域
許可されて者以外の立ち入りを禁ず
この制限区域への立ち入り許可を得た者は
その身体及び持ち物に対する検査を同意した者とみなす
無許可の立ち入りは日本の法律による処罰の対象となります。
米海軍横須賀基地

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月26日 00:32 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(2)

明治神宮御社殿復興50周年

昭和33(1958)年10月31日、明治神宮では戦災で焼失した御社殿が復興し、神様がお遷りになるお祭りが行われてから今年で50年。これを記念して今年の10月31日、11月1日に照明デザイナー面出薫氏プロデュースによるライトアップが行われます。題して「アカリウム」。
すでに原宿口の鳥居の前の広場には協賛企業名等のはいった提灯がずらっと。

日中はただ数が大きいなあと思っていただけでしたが、夜間にはご覧のとおりバックの色も変化する仕掛けにビックリ。

鳥居の改修工事も終わっていました。
他のライトアップも楽しみです。イベントの詳細は明治神宮「アカリウム」HP

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月25日 00:00 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

締めはコメダで

房総ドライブからの帰り道はアクアラインを通り、夕食は大田区下丸子のコメダで。

ドリンクはストロベリーシェークとクリーム・オーレ。

コロッケとハンバーガー。ハンバーガーはマックとかロッテリアのサイズよりひとまわり大き目です。

喫茶店なのに駐車場が広いので助かります。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ食べログ グルメブログランキング

[ 2008年10月24日 00:00 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

房総半島南端の灯台

三芳村の道の駅を後にし、とうとう房総半島南端まで来てしまいました。そこで二つの灯台を訪ねてみることに。

洲埼灯台
ちょうど房総半島の南端の西側に出っぱている地形の部分にあり、東京湾の入り口に位置します。初点灯は大正8年(1919)で、現在は無人の灯台で中へは入れません。
 

対岸は三浦半島の端、城ヶ島です。

ここまで来ると東京より伊豆大島のほうが近いです。

.
野島埼灯台
房総半島の最南端、太平洋に面しています。明治3年(1870)に初点灯、関東大震災で倒壊後、大正14年(1925)に八角形のコックリート造で再建されました。

上まで登ることが出来ます。

日が暮れてきました。そろそろ帰路へ。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月23日 18:20 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

南房総三芳村 土のめぐみ館

海沿いからちょっと内陸に。数々の道の駅に寄り道をしながら県道88号線を南下する途中、のどかな風景が広がりました。ちょっと下車してひと休み。きれいな水の流れと稲刈りも終わった田園風景、日常生活では見慣れない景色にしばし見入っていました。

場所は南房総市ですが以前は三芳村と言われていました。またこちらにも道の駅「三芳村」があり、隣接する産直販売所「土のめぐみ館」では地元の農産物、畜産物が安く販売されていました。

特にご紹介したいのは、ブックマークでもお馴染み、こちらが地元の南風農場さん生産の商品がたくさん。まずは当ブログ初期に紹介しました平飼い鶏の卵です。

次に鶏肉のソーセージ

松田のマヨネーズタイプ
南風牧場さん生産の有精卵も入っています。成分にハチミツが入っているのですが、JAS規格ではマヨネーズの成分にハチミツは定義されていませんので、仕方なくマヨネーズタイプという商品名になったんだそうです。

しかし農水省の調査部会にてハチミツがマヨネーズの原材料として加えれることが決まり、JAS法が改訂・施行され次第、堂々と「松田のマヨネーズ」と名乗れるようになるそうです。

屋外には足湯があり、ご覧のような風景を見ながら足をほぐせます。


あわせて足つぼを刺激する敷石の道もあり、裸足で歩き始めたら。。。ギャ~まいった顔
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

南房総農産物直売所「土のめぐみ館」(HP) 千葉県南房総市川田84-1

営業時間 3月~10月=9:00~18:00、11月~2月=9:00~17:00
休館日=1月1日・2日、6月下旬  

[ 2008年10月22日 06:15 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

保田漁港

房総紀行も今回は浜金谷より初めて南へと行きました。

保田は内房線ですと館山方面に浜金谷駅の次の駅です。今まで訪れた内房の漁港と違い、保田漁協直営の食事処「ばんや」には食事や魚介類のお土産物屋さんの他に入浴施設等も港の周辺にあるため大賑わいです。

 
 
 
 
 

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月21日 06:10 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

鋸山

今回は初めて千葉県富津市と鋸南町の境目、鋸(のこぎり)山の上に行って見ました。
鋸山は凝灰岩から成り、建築などの資材に適していたために、良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われていました。その結果、露出した山肌の岩が鋸の歯に見えることからこの名前で呼ばれるようになりました。

鋸山は麓からロープウェーで行く他に、有料道路(駐車料金込1000円)で上がっていく方法があります。
麓の料金所でお金を払い、日光のいろは坂みたいな感じで山を上って行きます。

山の上の駐車場に着きました。さて展望台は?と思いきや、写真の右上に。なんとこの階段を上がった上だと。段の幅や高さも違う道を数分上るのは一苦労でした。

しかし展望台からの眺めは素晴らしいです。 まずは毎度おなじみ、東京湾フェリー金谷港。

鋸山の南側、保田漁港方面。

三浦半島南端、城ヶ島。

久里浜の火力発電所です。

観音崎。この日は灯台もハッキリ見えました。

奥に霞んでますが横浜のランドマークタワーが見えます。

展望台はロープェーの駅の屋上でした。足元の弱い方は自動車で来ても麓の乗り場の近くに駐車してロープウェーで上がられるほうがいいかも。
  鋸山ロープウェイ HP
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月20日 06:30 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

竹岡ラーメン

竹岡といえばご当地ラーメンとして竹岡ラーメン。元祖の創業50年余りの梅乃家は国道沿い、上総湊駅入り口と竹岡駅入り口のちょうど中間くらいの位置、竹岡漁港の近くにあります。

麺は乾麺。汁は麺を茹でたお湯とチャーシューの煮汁を割ったもの。分厚いチャーシューを5枚くらいのせてます。また別料金ですがやく味は玉ねぎです。麺茹でには炭を使った七輪で茹でます。出来上がりがこの通りです。バッド(下向き矢印)

味については??ですが、関東各地から食べに来られる人が多く、10時半くらいなのに食べ終わって店をでたら行列が出来ていました(驚)。
よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印)

     

梅乃家 富津市竹岡401

  

[ 2008年10月19日 20:46 ] カテゴリ:グルメ~千葉、茨城 | TB(1) | CM(0)

竹岡漁港

千葉県富津市竹岡地区には、内房線竹岡駅近くの萩生漁港の他にもう一つ、上総湊駅と竹岡駅の真ん中くらいの位置に竹岡漁港があります。
今は漁港ですが、過去には色々な用途で使われていた船だまりでした。

 

戦国時代には江戸湾の制海権を争うため、後ろの山にあった百首城を護る里見家の水軍基地として対岸の北条家に備えていました。一方北条家は里見水軍と対峙するためにあの東叶神社の裏の明神山に浦賀城をもち、対岸を監視していたのでしょう。

 

明治時代、まだ内房線が開通していない頃には、東京からの郵便物は船で竹岡港に運ばれていました。



この日は気温も下がり、空気が澄んでいたせいか対岸の三浦半島がはっきり眺められました。

  

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印) 

[ 2008年10月18日 18:44 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

萩生漁港バードウォッチング

港の中には小魚が沢山いるのでしょうか。萩生港には色々な鳥が集まっていました。




  人形じゃないですよ(笑)。 

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印) 

[ 2008年10月17日 18:50 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

竹岡 萩生漁港

竹岡駅からまっすぐ坂を海に向かって下った突き当たりにあるのがこの萩生港です。目の前に東京湾が広がっていました。



みなさんで網の手入れをしていました。
 

以前、浜金谷の回転寿司屋で食べた萩生港水揚げのホウボウがなつかしくなりました。

 

国道と港との間の斜面は桜並木でした。港に桜、春はどんな光景になるのでしょう。

  

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印) 

[ 2008年10月16日 22:11 ] カテゴリ:東京湾ウォーターフロント | TB(0) | CM(0)

内房線 竹岡駅

今回から何回かに分けて千葉県富津市竹岡界隈のお話。いつも内房線や路線バスで浜金谷方面に向かう途中、いつも気になる街?でした。まずはJR内房線上総湊駅と浜金谷駅の間、竹岡駅です。
一日当たりの乗車人員は100名を下回る無人駅ですが、駅舎(というか待合室)は平成19年2月に完成したばかりです。もちろん特急電車は全部通過です。
 

地味な駅ですが、平成7年夏の青春18きっぷのポスターの舞台になったことがあります。この時は大塚製薬ポカリスェットとのコラボで、当時ポカリのCMに出演していた中山エミリがモデルでした。こちらのHPにその時のポスターがありました。

最近、有名になってきた「竹岡ラーメン」の元祖のお店は駅からかなり歩くそうです。何もない駅前から坂を下りたら突き当たりは海です。 

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印) [488][467]

  

[ 2008年10月15日 19:13 ] カテゴリ:駅探訪~千葉、茨城 | TB(1) | CM(1)

喜びの歌

今年もNHK交響楽団の第九の演奏会のチケットを購入しました。毎年、体育の日あたりに発売されるのですが、一年経つの早いですね。
ミーハーと言われながら、年末にナマの演奏を聴きにいくようになってからもう10年以上経ちますが、一年間この日があるから、どんな苦しいことや理不尽なことがあっても頑張っていかねばという気分になれます。

今年もあと2ヵ月半。無事に年が越せますように。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月14日 22:25 ] カテゴリ:季節~冬 | TB(0) | CM(0)

池上本門寺 お会式

10月13日、東急池上線池上駅前、午前7時前の光景です。昨日深夜までの賑わいは何処へいったのでしょうか。
 

お会式というと10月12日夜の万灯練り行列の光景を誰でも思いますが、池上本門寺でのお会式に関わる法要は毎年10月11日から日蓮聖人命日の10月13日まで続きます。

池上の街に静けさが戻ったこの時間にも本門寺大堂ではお会式の最後の法要が行われています。

朝6時半から大堂内では多くの信者が集まり、特別説教・臨滅度時法要が営まれていました。日蓮聖人の生い立ちの説教を聞き、7時45分くらいから臨滅度時法要と続き、726年前の朝、多くの弟子信者が見守る中、日蓮聖人のご入滅を告げる鐘を日昭聖人が打ち鳴らされたように、貫首が「臨滅度時の鐘」を鳴らしてご遺徳を偲びます。

これで全てのお会式の行事が終了します。この朝の法要も厳かで心に染みます。堂内なので写真はありませんが誰でもみることができます。朝方、曇っていた空も法要が終わる頃には空は晴れ上がってきました。地方から泊りがけできた信者さん達も記念撮影し帰路についていました。

是非クリックして下さい⇒  にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

.
で、大田区内最大のイベントでもあるお会式ネタを終えてはいけませんよね。12日夜の万灯練り行列の光景は他のブログでも詳しく紹介されているでしょうから、ここではさらっと(笑)。この日は臨時ダイヤで増発している東急池上線の蒲田駅にも万灯が。

毎年30万人以上の人出がありますが、今年は3連休の真ん中とあって特に大賑わいです。

万灯も石段を上って行きます。

広々とした大堂前もこの日は人、人、人。。。


本門寺のある台地の下、日蓮聖人が入滅した屋敷跡地にある大坊本行寺もこの日は夜遅くまで多くの参拝者がいました。境内にはお会式桜というものがありますが、日蓮聖人入滅の折に庭先の桜が開花したといわれ、現在も旧暦10月には花を咲かせています。またお会式の時に、万灯に桜の花を飾るのはこの話に由来しています。

私がもっと?若い頃はお会式の日はよく雨模様の天気になるというジンクスがありましたが、最近は雨天の日は少なくなりました。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月13日 21:15 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

黒川紀章メモリアル

今日、10月12日は建築家黒川紀章の命日です。1年前、2度の選挙を戦い、テレビのトーク番組やバラエティ番組にも出演機会が増えたと思いきや。。。今回は風のようにあの世に逝ってしまった氏の作品を訪ねてみました。

中銀カプセルタワービル(昭和47年)
黒川紀章初期の代表作で、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅です。技術的には部屋(カプセル)ごとに交換が可能になっているそうです。

ビルの1階には今でもカプセルのサンプルが当時の仕様で外から覗けるようになっています。

竣工から30年以上経過し老朽化による諸問題から平成19年年4月に管理組合の臨時総会でマンションの建替えが決定したそうです。

まるでカプセルホテルみたいですが、昭和54年日本で初めて誕生したカプセルホテルを設計したのも黒川紀章なんだそうです。

.
BIG BOX(昭和49年)

日本赤十字社本社(昭和52年)

ワコール麹町ビル(昭和59年)

六本木プリンスホテル(昭和59年 現ホテルヴィラフォンテーヌ六本木アネックス)
黒川紀章が設計したプリンスホテルの中でも特に個性的な建物だと思います。場所は六本木一丁目。六本木交差点からちょっと離れた隠れ家的位置にあります。西武グループの事業再編により平成18年のクリスマスに閉館しましたが、現在は来年秋までの期間限定予定で住友不動産系のホテルヴィラフォンテーヌ六本木アネックスとして営業しています。

ちょっと天井が低いかなぁ。

このホテルで有名だったのは館内中央にあるプール。壁面がアクリルガラスになっており、泳ぐ姿が外のレストランから見える仕様が話題を呼びました。バブルの時代はここで泳ぐのがオシャレだったのでしょう。

.

朝霞荘(昭和62年)
市ヶ谷の閑静な住宅地にある保険会社の厚生施設です。建物前の駐車スペースの床の御影石は花鳥風月などを表現しています。
純日本家屋風の建物も設計していたんですね。近隣の環境にちゃんと「共生」していました。

WINS銀座(平成2年)

日本看護協会ビル(平成16年)

国立新美術館(平成18年)
 

東京都内にある黒川紀章設計の建物の中で、比較的に大規模で気軽に中に入れる施設でしょう。この壁面の曲線は絶妙です。左右非対称なんですね。CADの練習の題材にしたらいいかも(笑)。



建物の内外を熱心に撮影している人が色々な所で沢山目に付きました。

さて、次は誰の特集をやろうかな。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月12日 00:00 ] カテゴリ:建築探訪~黒川紀章 | TB(0) | CM(4)

佐原界隈

江戸時代の街並みが残る千葉県佐原。香取神宮の帰りにタクシーを駅より手前で降りて散策してみました。
まずは香取街道沿いの建物。
木造商店等が多い中、目立つレンガ造り建築のは佐原三菱館(旧三菱銀行佐原支店)です。右は店の奥の蔵が開放されている中村屋乾物店です。

懐かしい木造造りの家屋もたくさんあるんですね。

次が街の中を蛇行しながら流れる小野川沿いです。まずは香取街道の忠敬橋の南側。

明治初期より代々荒物・雑貨・畳を商ってきた中村屋商店です。
右の写真は伊能忠敬旧宅です。伊能忠敬は佐原で30年余りを過ごしたそうです。

立派な土蔵です。

次に香取街道の忠敬橋の北側から成田線の踏切にかけて。
和紙とお香のお店、並木仲之助商店。明治時代、主に旅芸人がよく利用していた木の下旅館。

いかだ焼本舗 正上です。以前は醤油を製造していました。建物の立派さから往時の繁栄がうかがえますね。

ポストも旧式のタイプが至る所に。小野川には遊覧船も運航されています。

天高く。。。すっかり秋空になりました。佐原駅前です。こちらも駅舎の屋根は内房線と同じくスカイブルーでした。帰路は電車でのんびりと。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月10日 21:15 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

要石

鹿島神宮と香取神宮の境内にはそれぞれ要(かなめ)石というものがあります。
要石は地上部分はほんの一部で、地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大ナマズを押さえているといいます。鹿島神宮の要石は大ナマズの頭、香取神宮の要石は尾を押さえていわれ、2つの要石は地中で繋がっているともいわれています。

鹿島神宮の要石は奥宮の奥、森更に深いところにあります。こちらは石の表面がへこんでいます。

香取神宮の要石は本殿に参る手前、朱色の大鳥居をくぐった直後に左側に山道を上ったところに位置します。こちらは表面がまん丸です。

水戸光圀は、どちらの神宮の要石かは不明ですが石の周りを掘らせましたが、日沈で中断すると、朝までの間に元通りに埋まってしまったそうです。そのようなことが2日続いた後、次は7日間、昼夜兼行で掘り続けさせましたたが底には達しなかったそうです。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月09日 21:29 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

厄落しスイーツ

香取神宮の参道には何件かのおみやげもの屋さんがあり、飲食も出来るお店もあります。
その中でも参道入り口にある亀甲堂によってみました。

有名なのは厄落しだんご。香取神宮では12月7日の夜に「団碁祭」というものがあり、その年の豊穣玄米「八石八斗」からのおだんごを供します。

ちょっと凝ったスイーツメニューもあります。写真は水郷梨の赤ワイン煮です。

こんなおしゃれなレシピがあるとは思いませんでした。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ食べログ グルメブログランキング

亀甲堂(HP) 千葉県佐原市香取1894-5(香取神宮参道入り口)
営業時間  8:00~18:00 年中無休

[ 2008年10月08日 20:12 ] カテゴリ:グルメ~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

香取の森

香取神宮を囲む霊験あらたかな森も千葉県の天然記念物に指定されています。 広さは3万7千坪、別名亀甲山と言われています。
またまた画像で森林浴をどうぞ。




 

やはりこちらも、老木がうっそうとし、神秘的な雰囲気が漂っていました。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月07日 19:57 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

香取神宮

香取神宮 (JR成田線佐原駅からタクシー)
〈御祭神〉経津主大神

むか~し、昔、はるか昔、天照大神が日本を治めようとしましたが、荒ぶる神々により乱れていました。天照大神は何度も使者を送り込みましたがうまくいかず、天照大神が八百万神に相談した結果、武力に頼るしかなという結論になり、経津主大神と武甕槌大神が共に出雲に派遣されることになりました。
経津主大神、武甕槌大神は出雲国に着いて十握剣を抜いて逆さに突き立て、大国主神を威圧すると 大国主神は天照大神の命令に全く異議はありませんとあっさり了解し、平国の広矛を渡し、日本は平定されました。
おしまい、おしまい。
と、言うことで鹿島神宮、香取神宮とも日本の起源にとっては重要な神様を祀っています。

創建は、紀元前643年と伝えられ、今年は鎮座2650年だそうです。古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬も篤く、毎年元日の早朝には天皇陛下は東方をお向きになり、香取・鹿島両神宮に御拝なされます。
朱塗りの鳥居をくぐった後、緩やかな坂を上ってくると総門が見えます。これまた朱塗り。

総門右手すぐに楼門。元禄13年建造です。掲額は東郷平八郎の筆によるものです。

朱塗りの建物が続いたので春日大社みたいな感じかと思いきや、本殿はなんと黒漆塗り。元禄13年(1700)、徳川綱吉公の手で造営されました。とてもフォーマルな色合い、ステキです。
 

本殿前のスギの木は樹齢1000年だそうです。

奥宮はこの道の先にあります。ちょっと一人で行くには。。。。ということで、奥宮の画像はありません(汗)。

クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月06日 20:07 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

鹿島線 鹿島神宮駅

JR鹿島線鹿島神宮駅です。鹿島線は昭和45年(1970)に鹿島臨海工業地帯の開発を目的に建設された比較的新しい路線で、駅舎も高架下にある近代的なものです。そして現在では鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の気動車も乗り入れてきます。

地図では分かりにくいですが、鹿島神宮の神域は台地の上にあり、鹿島神宮駅までの道は駅前に向かって下り坂となっていました。したがって鹿島神宮参拝へはやはり高速バスで鹿島神宮最寄の鹿島バスターミナルバス停下車の方がお勧めです。写真の通り駅から神宮の森はすぐそこに見えますが、逆に駅からだと上り坂できついかも。そして、神宮前の参道と違い、駅前は喫茶店とかコンビニなど無いです。

電車の本数もご覧の通り1時間に1本程度。しかし駅前の東京駅行きのバスは頻繁に出ています。

鹿島の後は、利根川を越えた向こう側の香取神宮に行くつもりでしたが、香取神宮に行く場合は両神宮間の交通手段はちょうどいい路線バスがないため、やはり鹿島線で佐原駅に向かうのがベストみたいです。

しかし電車の時間の事前チェックが必須です。途中、水郷地帯や利根川を長い鉄橋で渡っていざ香取神宮へ。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月05日 21:43 ] カテゴリ:駅探訪~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

鹿島の森

けして軽井沢のリゾートホテルのネタではありませんよ(笑)。
鹿島神宮一帯の20万坪の樹叢は照葉樹林の北限になり、茨城県の天然記念物に指定されています。画像で森林浴気分を味わってください。




 

さすが、神の森。凛とした空気を感じました。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月04日 20:14 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(1) | CM(0)

神様のお使い

鹿島神宮で神様の使いといえば鹿。奥社にいく奥参道の途中に鹿園があります。そばの売店で鹿のエサを売っており、参拝客の人達がエサを与えていました。立派な枝角(antler) です。鹿島アントラーズのチーム名の由来でもありますね。
 

鹿島神宮で鹿が使いとされているのは、鹿の神である天迦久神(あめのかくのかみ)が天照大御神の命令を武甕槌大神の所へ伝えにきたことに由来されているそうです。
また春日大社の創建に際して、神護景雲元年(767)には、白い神鹿の背に分霊を乗せ多くの鹿を引き連れて1年がかりで奈良まで行ったとされています。

 

奈良や宮島みたいに放し飼いだといいんですけどね。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月03日 21:47 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)

鹿島神宮 奥参道の先 

奥 宮
本殿前から約250メートル、奥参道を突き当りまで行くと右側に奥宮があります。
 

慶長10年(1605)、徳川家康公が本殿として奉納したものを、元和の造営の際に移し、奥宮となりました。

森の中、装飾も少なく、総白木造りのシンプルさがかえって荘厳に思えます。
人気ブログランキングへ 

.
御手洗池
奥宮とは反対側、奥参道を左に急坂を下ると、御手洗池があります。古来、禊の斎場として使われていました。

湧水量は1日当たり約400リットルくらいだそうです。

ちょうど神域の下から湧き出ている有難いお水です。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月02日 23:10 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(1) | CM(0)

鹿島神宮

鹿島神宮 (JR鹿島線鹿島神宮駅下車徒歩10分、高速バス鹿島バスターミナルバス停下車徒歩5分)
〈御祭神〉武甕槌大神

創建は神武天皇即位の年、紀元前660年と伝えられています。神武天皇が東征の際に武甕槌(たけみかづち)大神の剣の神威に救われ、天皇即位の年、武甕槌大神をこの鹿島に祭ったと伝えられています。
平安時代に、「神宮」の称号で呼ばれていたのは、延喜式神名帳によると伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3社だけだったそうです。

鹿島神宮の場合、問題なのは行き方。東京からだと電車だと特急や快速もほとんど走っていないので、やはり高速バスで。鹿島方面へのバスって東京駅八重洲南口からかなりの本数が出ているし、乗客も多いことにビックリ。

バスは湾岸道路から東関東自動車道へ。成田空港までは車も多く、霧模様でした。

利根川を渡り、水郷地帯を抜け、鹿島の工業地帯や、鹿島宇宙技術センターを通り、鹿島バスターミナルで下車。東京駅から2時間の行程です。

バスターミナルから徒歩5分程度で大鳥居前に着きます。古木に囲まれている参道を進むと朱塗りの楼門があります。寛永11年(1634)水戸藩初代藩主徳川頼房公の奉納です。

楼門をくぐるとすぐに左側に社務所、そして左右に向き合うように二つの建物がありました。

私のイメージでは大きな神社は、大鳥居や楼門を越えても社殿はまだ先の方にあるイメージがありますが、鹿島神宮の場合、楼門をくぐるとすぐに右手に本殿や拝殿がありました。坂や石段もなく便利ですが、最初は何か摂社の建物かと思いました(汗)。社殿と向かい合うように、本殿を修理する際に神様を遷すための仮殿もあります。
 

鹿島神宮もかつては伊勢神宮みたいに20年に一度、社殿の造営が行われていましたが、現在の本殿や拝殿、仮殿等は元和5年(1619)に徳川秀忠公により奉納されたものです。

本殿前よりさらに奥へと大木が茂る道が続きます。

今年の皐月賞2着馬、タケミカヅチ号の名前の由来をはじめて知りました。なんとも言いにくい馬名だなあと思っていましたが。。。
クリックして下さい⇒ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログへ

[ 2008年10月01日 22:07 ] カテゴリ:百寺社巡礼~千葉、茨城 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

yukimi

Author:yukimi
yukimis blog

カウンター
08/3/20~:
13/2/24~:
カレンダー
09 | 2008/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ(全件)
カテゴリ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム