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根津神社のつつじ

根津神社に行ってつつじの写真を紹介しないはずありません。
徳川綱吉の兄、徳川綱重の屋敷だった境内、2000坪の神苑は、現在も数10種、3千株のつつじが咲きます。



[ 2008年04月30日 12:34 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)

根津神社

根津神社 (東京メトロ千代田線根津駅徒歩5分)
〈御祭神〉須佐之男命、大山咋命、誉田別命  相殿 大国主命・菅原道真公

根津神社は日本武尊が千駄木に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建しています。
江戸時代になり徳川綱吉が世継が定まった際に現在の社殿を奉建し根津の地に遷座しました。
境内のつつじは根津に遷座する前、当地が徳川綱吉の兄、徳川綱重の屋敷だった時に、庭につつじを植えたのがはじまりだそうです。
つつじの見頃はゴールデンウィークと重なり、多くの人で賑わいます。

初詣の時期以上の人出!?

東京都台東区谷中、文京区根津、千駄木のいわゆる谷根千といわれるこの一帯は戦災から免れたため、根津神社の建物も江戸時代に建てられたものが現存し、楼門、唐門、社殿等、多くの建物が国指定重要文化財に指定されています。
楼門

社殿 総漆塗りの華麗な権現造建築で江戸の神社建築としては最大の規模だそうです。

徳川家宣は根津神社に神輿3基を奉納しました。平成18年に漆塗り修理が完成、その内の1基が披露されていました。
 

[ 2008年04月30日 06:20 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

ベロビスト

セルリアンタワー40階のタワーズバー「ベロビスト」です。
渋谷は新宿と違って周囲に同じくらいの高さの高層ビルがないので、遠くまで見晴せます。
くぼ地になっているスクランブル交差点あたりとは別世界。
カウンター席の窓の向こうは新宿の高層ビル群と明治神宮の杜です。

ピアノの生演奏を聴きながら今日はサンドイッチを注文。パンは軽く焼いてあり、はさんであるのはチキンとトマトとサニーレタスです。チキンはソースで味付けされていました。
銀座東急ホテルのレシピを受け継いでいるとのことです。

その日の自分の境遇に応じて座る場所が違い、座席の配置の関係から見える景色も違います。ちなみに、
一人のとき:カウンター⇒新宿方面
二人でソファでゆっくり⇒六本木、赤坂方面
二人で豪華ディナー⇒隣のレストラン・クーカーニョからお台場方面
う~ん。いつも新宿しか見ていない気がするがっかりした顔

セルリアンタワー東急ホテル タワーズバー「ベロビスト」 HP 

[ 2008年04月29日 05:55 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

三崎 海南神社

海南神社 (京浜急行三崎口駅より京急バスで三崎港バス停下車徒歩5分)
〈御祭神〉藤原資盈公、盈渡姫、地主大神、天之日鷲命、筌龍弁財天。相殿に菅原道真公、豊受気比売大神、速須佐之男大神

藤原資盈は、56代清和天皇の世、伴大納言善男の皇位継承争いに巻き込まれ、追訴の罪を受け筑紫に流されましたが、その途中、暴風に遭い864年、当地に漂着しました。その後、藤原資盈は土地の長に推戴され、房総の海賊を平定し、漁業の知を開き、文化の礎を築くなど福祉に努力しました。そのため郷民の尊崇の念も篤く、866年に没すると、郷民はその亡骸を海に沈め、祠を花暮海岸に建立して祀りました。後に花暮の祠を本宮として982年に現地に社殿を造営し、三浦一郡の総社となりました。  海南神社HP

御神木  源頼朝がお手植えの銀杏。樹齢約800年といわれています。

海南神社の境内社、海南高家神社の祭神、磐鹿六雁命は食の神様と言われています。
境内には大きな食の神様の絵が飾られています。
訪れた日はちょうど「食の神フェスティバル」という行事が神社や門前の商店街で開催されるため、地元の人達が準備で大忙しでした。三崎港ですので、鯉のぼりならぬマグロのぼりがつるされていました。

御朱印は3種類あります。神社名、藤原資盈公、筌籠弁財天(三浦七福神)。写真は3月に訪れた時に戴いたものです。

[ 2008年04月28日 06:18 ] カテゴリ:百寺社巡礼~神奈川、伊豆 | TB(0) | CM(0)

ミニシロノワールの食べ方!?

コメダ珈琲店の代表的なメニュー。シロノワール。

関東生まれ、関東育ちの私にとっては下丸子のコメダ珈琲店で食べるまでは知らないメニューでした。
どれから、どこから食べればいいのやら。一応、私はミニシロノワールの場合、下記の順で食べてます。

1.まずチェリーを食べる。
2.ついてくる小さいフォークでソフトクリームを食べる。ちょっと食べにくいけど飛び散る汗

3.生地にシロップがしみこむように、フォークで表面を刺し、穴をあける。
4.メイプルシロップを生地にかける。

5.生地にシロップが更にしみ込むために、4等分されてでてきた生地を真ん中から半分に裂く。

6.一枚ずつシロップを生地にぬりこみながら食べるとお皿にはなにも残らず、ご馳走様でした。

皆様はどうやって食べていらっしゃいますか!?

[ 2008年04月27日 19:20 ] カテゴリ:グルメ~都内スイーツ | TB(1) | CM(2)

コメダ珈琲店

東京都大田区下丸子、東京23区初進出のコメダ珈琲店です。

東海地方の方には今更と思われますが、他の方のブログを拝見しますと下丸子店に自動車で30分かけて行ってみたとか、東京でもシロノワールが食べられてうれしい等、けっこう関東のコメダ好きの方がいらっしゃるみたいなので私も訪ねてみました。
環8通りから多摩堤通りに入って2つ目の信号のところにあります。下丸子駅からは商店街等賑やかな地域とは逆側ですが、駐車場がかなり広いので確かに自動車で訪れるには便利です。

朝ですので、もちろんモーニングサービスのトーストとゆで玉子つきです。

新聞記事によると4月中に創業者一族が投資ファンドに全株式を譲渡することで合意したそうですが、今後の展開が楽しみです。

[ 2008年04月27日 08:04 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

GLAYジャンボ

平成10年夏、GLAYがGLAY EXPO ’99 SURVIVALALというライブイベントを開催した際に日本航空がオフィシャルエアラインになり、そのタイアップとして、機体にメンバーの姿を塗装したジャンボジェット機を就航させました。
7、8月に羽田と千歳、函館の路線で運航していましたが、反響が大きかったため、その後9月15日まで各地を結ぶ路線で運行されました。
写真は、平成10年9月13日、偶然、長崎空港で見た時の写真です。

空港にも「GLAYジャンボ来る!」という感じのポスターがあったりして、事前の告知で伝わっていたためか、空港ビルの展望デッキはご覧の賑わいでした。売店の店員のお姉さんも見に来ていました。

[ 2008年04月26日 19:09 ] カテゴリ:乗り物~飛行機 | TB(0) | CM(0)

えびね

我が家のプランターのえびねの花が咲きました。
母の実家の前の野生のえびねを持ってきて育てています。
今年、咲いたのはこれ一つです。何本かあるのですが、今までも野良猫に荒らされたり、土の手入れを怠ったりしてうまく咲きませんでした。
母親いわく、もっと手入れをして来年はたくさん咲かせるよう頑張ると張り切っていました。

海老根 エビネ

[ 2008年04月26日 08:13 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)

ちょっと昔の大糸線

長野電鉄の写真と一緒にありました。大糸線。長野県の松本駅と日本海側の新潟県糸魚川駅の105.4キロを結び、途中、南小谷駅を境に北側の非電化区間ををJR西日本、南側の電化区間をJR東日本が管轄しています。国鉄時代、旧型の電車が遅くまで走っていました。色はスカイブルー一色の大糸線独特のカラーでした。

松本駅のホームは松本電鉄と同じホームです。

[ 2008年04月25日 22:35 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

ちょっと昔の長野電鉄

まもなく聖火がくることで、色々と大変な長野。
だからという訳ではありませんが、長野電鉄のちょっと昔の写真です。最近は営団日比谷線、東急8500系の電車の他、小田急ロマンスカーまで導入していますが、今回は27年くらい前の光景です。

地下化される前の長野駅で出発を待つ特急電車です。まだハガキよりでかい入場券売っているのかな。

須坂駅の2500系。形を見れば一目瞭然、元東急5000系です。ながの東急百貨店の仲介で5000系の大量譲渡が実現したとの話ですが、どデカイ外商案件ですね。

須坂駅に留置中の1000系です。河東線(現在の屋代線)で走っていました。

長野電鉄屋代線屋代-東屋代間です。今はちょうどこのあたりを長野新幹線が走っています。

左は湯田中から長野電鉄と国鉄との直通急行志賀号、右は屋代駅からこの志賀号を併結して上野の向かう急行信州号です。

屋代駅停車中の600系

よろしければ是非クリックして下さいバッド(下向き矢印)  

[ 2008年04月24日 23:18 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

今宵も、平均律

二晩続けて、学芸大学の喫茶店平均律に行きました。
待望のプリンにありつけました。お好みに応じてクリームもかけてもらえます。紅茶はアッサムティーです。

[ 2008年04月23日 22:53 ] カテゴリ:グルメ~都内スイーツ | TB(0) | CM(0)

喫茶店 平均律

目指すお店は、東京都目黒区鷹番。東急東横線学芸大学駅西口に出てすぐ見える三菱東京UFJ銀行のATMのところを右折すると、程なくご覧の看板が見えてきたら、2階にあがります。

木製の引戸を開けると写真の通りの空間が広がります。店内はウッディでクラシカル、音楽はいつもバロック音楽が流れています。

今日は壁に飾ってあるどのカップに美味しい珈琲を注いでくれるかがいつも楽しみです。
スイーツは手作り。今日はアプリッコトの入ったマフィン。私の一番のお気に入りはプリンです。1日5個程度しか作らないので残念ながら昨夜は売切れでした。カラメルをたっぷり絡めながら食べると美味なんですよ。(別に駄洒落じゃありませんよ)

目を閉じてバロック音楽を聴いているとあっという間に時間が過ぎていきます。店内では個展も開かれてます。詳しくはブログをご覧下さい。

平均律ブログ:日々是彩日

平均律  
営業時間
月    12:00~18:00
火~金 12:00~22:30
土    12:00~22:00
日祭日 13:00~21:00

[ 2008年04月23日 08:23 ] カテゴリ:グルメ~都内スイーツ | TB(0) | CM(0)

元住吉駅

神奈川県川崎市中原区、東急東横線の元住吉駅です。
この駅は駅自体の居心地がいいので、大好きな駅のひとつです。
東横線が武蔵小杉駅から日吉駅にかけて高架になった際、もちろん途中の元住吉駅のホームも高架になりました。しかし改札階は1階ではなくなんとホームの上の3階に作られました。地上に東横線の車庫に入る線路があるなど構造上の制限があるため仕方なくこういう構造になったのでしょう。したがって改札階へのエスカレーターも写真の通り長いです。朝とか急ぐときはちょっと難点ですが。

しかし悪い面ばかりではありません。広々として、見晴らしのよくなった改札階はごらんの通り、植栽が施され、椅子とテーブルが置かれ、コーヒーショップまであり、近所の人の憩いの場になっています。また柵はガラス張りになっており、武蔵小杉方面の超高層マンション群をはじめ一望できます。

改札口、コンコースも明るく広々として、酸化チタン光触媒を塗布した膜屋根を採用し、採光による照明負荷の低減。雨水を線路下に貯水しトイレの洗浄水に使用。ホームおよびコンコースの屋根部分には鉄道駅で最大級となる太陽光発電システムが設置され、まさに省エネ仕様。

ホーム側も柵がガラス張りですが現在は目黒線の日吉駅延長の工事の途中です。(開通は6月22日)
渋谷方面ホームに下りるエスカレータ横からは富士山も眺められます。そして丁度、一箇所だけ床の線路の上の部分が丸くガラス張りになっており、下を通過する特急や急行電車が丸見えになってます。

[ 2008年04月22日 09:04 ] カテゴリ:駅探訪~神奈川・伊豆 | TB(0) | CM(0)

すずめのお宿緑地公園

碑文谷八幡宮の裏手の道を挟んで向かいにある林。公園なんですが名前が「すずめのお宿緑地公園」。(東急バス黒01系統 目黒駅-大岡山小学校 碑文谷三丁目バス停下車徒歩1分) 由来を知るまでは何か童話の舞台になった場所かと思いましたが、真実は違いました。   目黒区HP 
この付近は、昭和のはじめまで目黒でも有数の竹林で、良いタケノコがとれました。竹林にはたくさんのすずめが住みつき、朝早く飛び立ち、夕方には群れをなして帰ってくることから、いつしか人々は、ここを「すずめのお宿」と呼ぶようになりました。とてもここが目黒区とは思えないほどの自然です。タケノコがニョキニョキといたるところで伸びていました。

この土地の所有者、角田セイさんは、長年ここで1人暮らしをしていましたが、「土地は自分の死後お国に返したい」といって大事にしておられたそうです。
その尊いご遺志が生かされて、角田セイさんの没後、目黒区が国からこの土地をを借り受けて公園を造り現在に至っています。

竹林の他、シイ・ケヤキの大木が残り、野鳥が多く生息しています。なお敷地の北側の一角には目黒区緑ヶ丘1丁目にあった栗山家の母屋が移築され、無料公開されています。

[ 2008年04月20日 19:12 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

円融寺

経王山 円融寺(東急バス渋71系統 渋谷駅東口-洗足駅 円融寺前バス停下車)

碑文谷八幡宮の一の鳥居から碑文谷緑道を150メートル行き、左折すると総門が見えてきます。「江戸名所図絵」によると、昔は碑文谷八幡宮と円融寺の間を立会川が流れていたみたいです。
地味な総門に似合わず、今日に至るまで円融寺には波乱の歴史があります。
草創は853年、慈覚大師の開基により、当時は法服寺と号し創建されました。しかし1283年に日蓮聖人の高弟日源上人により日蓮宗に改宗され、寺号も妙光山法華寺と改められました。
江戸時代に入り、最盛期には3万7千坪あまりの広大な境内を擁し、将軍の鷹狩の折にはお休みどころに供されたほどの、江戸屈指の名刹であり、門前には露店が軒を連ね、参詣者で大変な賑わいがあったそうです。
しかし、法華経の信者以外にはお布施を受けず、施さずという、不受不施の主義を堅持しました。そのため幕府の法要等にも参加しなかったこと等から、体制批判の一派として幕府の弾圧が厳しくなり、大禁圧が加えられた1698年、再び天台宗に改宗することになりました。改宗後、法華寺の権威も衰え1834年には今の山号寺号に改称された。

主要な伽藍の配置は禅寺によくみられるような縦一列です。
仁王門、左右に安置されている木造の仁王尊は1559年に作られ、天台宗改宗後には「碑文谷仁王」の名前で親しまれ、多くの江戸庶民が訪れ、賑わったそうです。
釈迦堂は木造建築としては都内でも有数の古さであり、室町初期の建立と推定され、国の重要文化財です。建物の周りには柵もなく間近で見れます。

以前、世田谷大蔵の妙法寺の時にお話しましたが、妙法寺の現在の山門は法華寺時代の当寺の庫裡の門が使われています。
2008.3.29 妙法寺(世田谷区)しだれ桜 の記事
御朱印は庫裡で戴きましたが、今月、両方のお寺を訪れたのも何かのご縁でしょうか。

総門を入ろうとした時、どこか見覚えのある風景だなあと感じていましたが、実は、円融寺の総門の前は今までに何度も通ったことがあったことに気がつきました。それも深夜に。
渋谷方面から環七通りへタクシーで向かう際の抜け道として、頻繁に使っていました。碑文谷ダイエー横から進み、ちょうど総門前でくの字に道が曲がるので、いつもタクシーの運転手さんに指示していた場所だったのです。深夜で真っ暗だったのでそこが円融寺の入り口だったとは。。。これも何かのご縁でしょうか、境内に入る前にちょっとビックリしてしまいました。
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[ 2008年04月20日 09:18 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

碑文の彫った石のある谷

碑文谷八幡宮の社殿の右側に、ガラス張りの保管庫に写真のとおり石が保管されています。
碑文が彫ってあるこの石は、碑文谷八幡宮の西側を通っていた鎌倉街道沿いの土中に埋まっていたものと伝えられており、左から勢至菩薩、大日如来、観音菩薩をあらわす梵字が刻まれているそうです。
この碑文から、碑文の彫った石のある谷=碑文谷という地名が生まれたとも言われています。

[ 2008年04月19日 19:21 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

碑文谷八幡宮

碑文谷八幡宮 (東急バス黒01系統 目黒駅-大岡山小学校 碑文谷八幡前バス停すぐ)
〈御祭神〉誉田別尊
今回は東京都目黒区碑文谷(ひもんや)界隈の寺社です。
まずは碑文谷八幡宮。私のブログへの検索キーワードで「碑文谷八幡」で検索してアクセスして戴く場合が結構あるので御紹介します。
創建年月は不明ですが、言い伝えによれば源義朝に仕えていた畠山重忠の守護神を、二俣川にて北条義時の軍に討たれた後、その臣榛沢六郎より交付して宮沢左近が奉祀したといわれています。

[ 2008年04月19日 18:40 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

蒲原鉄道

消えた新潟のローカル私鉄その2。蒲原鉄道です。
蒲原鉄道は信越本線との乗換駅加茂駅から磐越西線との乗換駅五泉駅までを結ぶ21.9キロの路線でした。
昭和60年に加茂~村松、平成11年に村松~五泉と順次廃止されました。写真は昭和59年3月21日撮影です。

加茂駅

七谷駅。山間の交換駅で、線路の周囲は1メートル以上の積雪が残っていました。

村松駅。大正12年、蒲原鉄道はまず村松~五泉が開業しました。

五泉駅。随分のどかな風景ですね。
 

[ 2008年04月16日 20:52 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

新潟交通

何故か消えた新潟のローカル私鉄を取り上げます。昔のアルバムをみていたらまとまって出てきましたので。

新潟市の県庁前駅(県庁移転後は白山前)から弥彦線の乗換駅である燕駅までの36キロを結んでいたローカル私鉄です。
平成4年から徐々に廃止され平成11年には全線廃止されました。

新潟市側の始点。県庁前駅。左奥のグレーの建物が新潟県庁(現新潟市役所)。その後昭和60年に県庁が移転した際に白山前駅に改称されました。次の東関屋駅までの途中は軌道となり道路上を電車が走っていました。

[ 2008年04月14日 20:19 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

下丸子 新荘園

ドラマによく「出る街」にも出てきました、東京都大田区下丸子、商店街の真ん中あたりにある四川・上海料理の新荘園。
日本テレビのドラマ「1ポンドの福音」で亀梨くん扮する畑中耕作も立ち寄っていました。
ランチタイムに伺いました。通常のランチメニューは4通りくらいあって一品料理とライス、スープ、デザートがついて750円。
それとは別に四川風激辛マーボー豆腐のあんかけ丼、1000円がメニューにありました。
挑戦して食べてみましたが、胃腸まで火照るのがわかります。是非、一度お試しを。

 

[ 2008年04月13日 13:22 ] カテゴリ:グルメ~都内 | TB(0) | CM(0)

ドラマによく「でる街」

東京都大田区、東急多摩川線下丸子駅近くの商店街、下丸子商栄会には写真の通りの垂れ幕がさがってます。

ドラマによく「でる街」。そうなんです。かなりの頻度でドラマのロケに使われているそうです。
ちなみに裏は 「並木道、多摩川、 ガス橋、富士と夕日」   と書かれています。

ロケに使われた主なドラマは以下の通りです。
1992年「ずっとあなたが好きだった」(TBS)
2003年「僕だけのマドンナ」(フジテレビ)
2004年「一番大切な人は誰ですか?」(日本テレビ)
2006年「神はサイコロを振らない」(日本テレビ)
2006年「のだめカンタービレ」(フジテレビ)
2007年「プロポーズ大作戦」(フジテレビ)
2008年「1ポンドの福音」(日本テレビ)

下の写真は「1ポンドの福音」のシーンに出てきた場所です。



[ 2008年04月13日 09:01 ] カテゴリ:街角 | TB(0) | CM(0)

五島美術館

東京都世田谷区上野毛、五島美術館です。美術館の名前にもありますように東急の創始者五島慶太翁の収集品を中心に展覧会を開催しています。
中でも毎年ゴールデンウィークに一週間程度公開される国宝「源氏物語絵巻」、同じく秋に一週間程度公開される国宝「紫式部日記絵巻」は美術館の代表的なコレクションであり、公開時期は入場制限がなされるほどです。
今春の源氏物語絵巻の特別展示は4月29日~5月6日の予定だそうです。  五島美術館 HP

東急大井町線上野毛駅から環八通りを渡り、歩くこと5分。写真の通り多くの緑に囲まれた閑静な高級住宅街の中、美術館前の道の雰囲気が私は大好きです。
  

美術品もさることながら、建物の外は高台の斜面を用いた自然庭園になっています。雑木林の中を散策路に沿って散策していると横を走る大井町線の電車の音さえ気にならなくなるくらい自然を満喫できます。

[ 2008年04月12日 14:54 ] カテゴリ:お出かけ | TB(0) | CM(0)

坐忘

今日は、大戸屋で食事した後、セルリアンタワーのラウンジ「坐忘」でティータイムです。何故かディナーより、ティータイムの方が値段が倍じゃん。
「坐忘」とは禅の言葉で三省堂の大辞林によると、「雑念を去り、身心・物我の区別を忘れて現実を超越すること」の意味。
ソファに座って、高い天井を見上げていると確かに無の境地になれるかも。

まずはケーキセット。チョコレート、レモンムース、キャラメルの組み合わせがいい味だしていました。右は抹茶のセット。ケーキみたいに、和菓子も何点からか選べるようになっています。つぶあんのお菓子、こしあんのお菓子の両方用意してありました。

お茶は他にも紅茶はもちろん中国茶、ハーブティーも種類が多いので、次の機会に飲んでみたいと思います。あまりのも居心地がよかったので閉店時間近くまでくつろいでしまいました。

セルリアンタワー東急ホテル ガーデンラウンジ「坐忘」 HP  

[ 2008年04月11日 22:20 ] カテゴリ:グルメ~都内スイーツ | TB(0) | CM(0)

権現堂堤

今年のお花見の締めくくりは、昨年同様、埼玉県幸手市の権現堂堤。
権現堂川沿い約1キロメートルの堤防の桜並木、そして土手の菜の花。この時期は桜まつりも開催され、露天も沢山ありにぎやかです。
幸手市観光協会HP

桜もきれいですがここはやはり菜の花とのコントラスト。菜の花の黄色が目にまぶしかったです。

国道4号線沿いで、駐車場も用意されるので多少の渋滞を覚悟すれば車でのお出かけも可能ですが、私の場合、運転しないので今回も電車。幸手駅から権現堂堤までは徒歩30分くらいの距離ですが、お花見シーズンは権現堂堤までは駅前から臨時の直行バス(片道170円)が出ています。しかしお勧めは行きはタクシーが無難だと思います。渋滞にはまらないように抜け道を通って行ってくれます。私が乗った時は980円で着きました。
自宅からは遠いから無理ですが、ここも朝、まだ人があまりいない時に行ってみたいと思いました。

それにしても渋谷から1時間半、乗り換えずに来れるとは...。電車の硬い椅子で腰が痛くなりましたが。
なんだか日光に行く特急とかが走っているところに、中央林間行きの東急の電車が走っていると不思議な気分です。

[ 2008年04月09日 14:48 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)

代々木の杜

明治神宮 (山手線原宿駅、千代田線明治神宮前駅徒歩2分)
〈御祭神〉明治天皇、昭憲皇太后

   明治神宮HP

初詣の参拝者数日本一、超メジャーな神社、明治神宮です。私はいつの日からか毎月一回、参拝しに訪ねます。
時間は朝9時すぎ。まだ参拝者も少なく、木々に覆われた参道を歩きながら清涼感溢れる空気を吸うのが好きなんです。ある種の森林浴ですけどね。30分遅れるだけで人出の数が増え、清涼感が薄れてしまうんですよ。

でもこの森、人工林なんですよね。明治神宮の造営前、この一帯は南豊島御料地といい、御苑一帯を除けば荒地同然でした。
大正4年から造営工事が始まりましたが、全国から植樹する木を奉納したいと献木が集まり、北は樺太から南は台湾まで、日本だけではなく満州、朝鮮からも届き、全部で約10万本の木が奉献され青年団の勤労奉仕により植林することによって、この杜が誕生しました。

結婚式に向かう参進の列も参拝者が多いと行く道を囲まれてしまいますが、朝ですとご覧の通りの光景です。
新婦さんは何時から仕度を始めるのだろう?

参拝が終わった後、休憩所にある自販機でビン入りコカコーラを飲むのが楽しみです。けしてコント赤信号のリーダーのマネはしませんよ。

[ 2008年04月08日 06:27 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

祐天寺

明顕山 祐天寺 (東横線祐天寺駅徒歩6分)
増上寺第三十六世祐天上人は、増上寺退隠後、享保3年(1718年)、弟子の祐海に「一寺を創営し、長時の念仏を修し、未来の衆生済度のために備えよ」と遺言し、82歳にして亡くなられました。祐海は遺命を受け、8代将軍徳川吉宗の許可を得て、善久院という寺に改めて祐天寺の名を付し、開創しました。寺号の明顕山祐天寺の名は徳川吉宗 から授与されました。浄土宗のお寺です。

御朱印は寺務所で。ご覧の通りですので、出来上がるまでかなり時間をかけて戴きました。

享保14年(1729年)、6代将軍徳川家宣の正室天英院から家宣の17回忌追善のために寄進された鐘楼堂と釣鐘です。現在でも「時の鐘」として正午を知らせています。

東横線祐天寺駅正面から商店街を抜け、駒沢通りに出たところを左折、ほどなく山門が見えてきます。小ぶりな門をくぐると起伏がなく平坦な境内は広く、整然とした伽藍の配置です。


[ 2008年04月07日 06:18 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)

六郷用水跡 その2

多摩川駅側から用水脇の桜を観ながら歩いて、交差点まで来たら左に行けば桜坂、右に行けば東急多摩川線沼部駅です。しかし更にまっすぐ歩いて新幹線、横須賀線のガードをくぐった先にもまだまだ六郷用水跡沿いに桜があります。
ガードをくぐったすぐに左にあるこのお寺は蜜蔵院。真言宗智山派のお寺です。

用水跡にお寺の塀の際から伸びているしだれ桜もきれいです。

[ 2008年04月06日 17:41 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)

六郷用水跡

多摩川浅間神社の麓にあるバス乗り場あたりから多摩川線の踏切を渡り、沼部駅方向へ歩くと、六郷用水の流れに沿うように桜並木が続いています。

用水にはきれいな水が流れ、錦鯉や小魚がところどころで泳いでいました。道は多摩堤通りへの抜け道のため、一方通行ですが自動車の往来は多少ありますが高台の麓に沿って流れる川と歩道は木々が生い茂り落ち着いて桜をみることができます。

遊歩道が旧中原街道(左折すると桜坂です。)のところまで出ると、用水に水車がありました。黄桃が桜に負けないくらい鮮やかな桃色の花を咲かして、散策している人たちにわたしも撮影してねと言わんばかりに咲き誇っていました。

[ 2008年04月06日 05:27 ] カテゴリ:季節~春 | TB(0) | CM(0)

多摩川浅間神社の裏

先日お話しました浅間神社と亀甲山古墳や多摩川台公園の間に東横線の上に歩道橋が架かっていた頃の写真です。東横線の複々線化のため、浅間神社の社殿の背後ギリギリまで山を削り、歩道橋も撤去しました。いずれも背後の山に浅間造り特有の二層立て社殿が見えます。
 現在の写真です。

 東横線複々線化工事以前の写真です。


歩道橋から多摩川の鉄橋側を撮影した写真です。あまり写りはよくありませんが線路を挟んで咲く桜がきれいでした。

[ 2008年04月05日 17:05 ] カテゴリ:乗り物~鉄道 | TB(0) | CM(0)

多摩川 浅間神社

多摩川 浅間神社 (東横線、目黒線、東急多摩川線多摩川駅)
〈御祭神〉木花咲耶姫命

鎌倉時代、源頼朝が滝野川に出陣した際、夫の身を案じた北条政子はこの地まで追ってきましたが、わらじの傷が痛みやむなく多摩川畔にて傷の治療をすることとしました。
その際、亀甲山(多摩川駅と多摩川にはさまれた小高い丘のあたり)へ登ってみると実に富士山が鮮やかに見え、自分の守り本尊である富士吉田の浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身に着けていた正観世音像をこの丘に建てました。村人たちはこの像を富士浅間大菩薩と呼び永く崇敬いたしました。これが多摩川浅間神社のおこりです。
社殿は昭和48年に建てられた都内唯一の浅間造りです。御朱印は昨年末に訪れたときに頂いたものです。

神社は背後を東横線が山を削って通るまでは北側の亀甲山古墳の一帯と尾根伝いだったのでしょう。ちょうど神社は尾根の先端にあります。
以前は神社と亀甲山古墳、多摩川台公園を結ぶ歩道橋が東横線の上に架かっていましたが、東横線の複々線化工事を期に歩道橋は撤去され、神社と亀甲山の間はさらに切通しが広がり、神社だけが小高い山の上に取り残された形になってしまいました。

社務所屋上からは、目の前の多摩川の広々とした河川敷と、その向こうに富士山がはっきりみえます。僕が訪れた時はみられませんでしたが。
鎌倉時代から比較すると多くの建物が建ち、多摩川の流路も変わってきたでしょうが、400年の時がたっても富士山と丹沢の山々は北条政子がみた時代と変わらないんでしょうね。

多摩川浅間神社HP

[ 2008年04月03日 11:02 ] カテゴリ:百寺社巡礼~都内 | TB(0) | CM(0)
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